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「コーヒーを淹れて」

 大統領は言った。すると、傍に立つ焦茶色のロボット──ジョーが動きだす。

 ロボットは壁の隠し扉へ消えていった。程なくして、銀色のカートを押して戻ってくる。

 カートの上には、ペーパードリップ式の道具一式──コーヒーケトル、合成コーヒー粉の入った瓶、メジャースプーン、サーバー、ドリッパー、ペーパーフィルター──それから大統領愛用のカップとソーサーがある。

 ジョーは手際よく道具をセットすると、お湯をドリッパーに注いだ。心地よい水音と共に、黒い液体がサーバーに溜まっていく。

 お湯を注ぎ終えると、ドリッパーをサーバーから外す。そして、今度はサーバーからカップにコーヒーを注ぐ。

 白いカップをソーサーの上に載せる。ジョーの銀色のアームがソーサーを持ち上げる。

「大統領。コーヒーをお持ちしました」

 大統領の机に、カップが置かれる。

 大統領は、カップに口をつけ、一口コーヒーを啜る。ふわりと良い香りが鼻腔を抜け、思わずため息をついてしまう。眉間に寄せた皺が、ふっと緩み、消える。

「……世間は、もうクリスマスだね」

 壁に設置されたモニターには、街を歩く国民の様子が映し出されている。町中を、クリスマスの華やかな装飾が彩っている。

「そうですね。クリスマスの元の意味合いが失われて久しいですが、今でも、この国でも、外国でも、十二月にはパーティーが開かれます。町の治安が安定してからは、クリスマス商戦の規模がどんどん大きくなってきております」

 ジョーは言った。

 イルミネーションが輝くクリスマスツリー。赤と緑の垂れ幕に、サンタクロースの笑顔が眩しいポスター。

「……サンタ、か」

 大統領は呟く。その口元には珍しく、笑みが浮かんでいる。

「サンタクロースがどうかしましたか?」

「小さい頃、サンタが家に来たんだよ」

「そうなんですか?」

「ああ。まだ親が生きていた頃の話だ。サンタに手紙を書いて、ポストに淹れて、ワクワクしながらクリスマスを待っていた。イブに家族三人でささやかなパーティーを開き、翌日を楽しみにして眠ったんだ。次の日の朝、目を覚ましたら枕元にプレゼントがあった……欲しかったおもちゃだったよ」

「それは、ご両親が枕元に置いたのでは?」

「ああ、そうだよ。サンタの正体は親だ。でも、当時は本当にサンタが来たんだと思ってた。大きくなってサンタの正体を知った後も、嬉しさは変わらなかった」

「そうなんですか? 私には理解できません」

 ジョーは困惑の表情を表示した。

「大人達が総出で『サンタクロースはいる』と嘘をつき、夜中にプレゼントを枕元に置いておく……そして真実を知った子どももまた、大人になって嘘をつく。とても不合理だと思います。嘘は一般的に悪いこととされています。なのに、何故嘘をつき、遠回りをしてプレゼントを渡すのでしょうか? 直接手渡しをするわけにはいかないのですか?」

「もちろん手渡しもいいし、手渡しする人もいる。でも……そうだね。嘘もつき続ければ真実になる。サンタクロースはいるよ。概念として」

 ジョーのモニターは、まだ困惑した顔のままだ。

「それだけでは説明になりません」

「だったらジョーもサンタになってプレゼントを配ってみたらどうかな?」

 大統領はコーヒーを啜りながら言った。

 大統領にしてみれば、ここ十数年で初めて冗談を言ったつもりだったが──

「可能です。私は、子ども達が今望んでいるものを、完璧に把握しております」

 モニターに映っている国民の頭上に、四角い吹き出しが表示される。

「インターネットの検索履歴から判断して、あの女の子は香水を欲しいと考えています。あの男の子はおもちゃの剣を欲しいと考えています」

 吹き出しに、プレゼント候補の情報が次々と表示されていく。吹き出しの数は加速度的に増え、あっというまにモニター画面全体を埋め尽くした。

「いかがなさいますか? 全ての子ども達にプレゼントを配りますか?」

 大統領はコーヒーを飲むのも忘れて、モニターを見ていた。

「……いいと思う。私の支持率の向上にもなるだろう。よろしく頼む」

「かしこまりました。では開始します」

 ジョーは言った。

 

 

 ジョーは準備を始めた。

 世界中のサンタクロースは来訪日を知らせている。だったら、ジョーも知らせなければならない。『十二月二十四日の夜、善良な未成年が住んでいる家に、サンタクロースがプレゼントを配りに来る。当日、子どもは靴下を吊るして眠っているように』という情報を、あらゆるメディアに掲載させる。

 国民は混乱した。どこから来るのか、プレゼントは何か、大人はプレゼントがもらえないのか……などなど。

 ジョーはそれらの疑問に答えていく。どこから来るのかという問いには、サンタの国と、数多の書籍でみられる嘘をつく。プレゼントは何か? あなた方の欲しいものです。これは本当だ。大人はプレゼントをもらえないのか、この問いの答えはジョーには分からない。

「大統領、大人はプレゼントがもらえないのか、という質問が来ております」

「あげてもいいだろう」

 というわけで、ジョーはニュースの内容を変更した。

『十二月二十四日の夜、善良な全国民の家庭の枕元に、サンタクロースがプレゼントを配りに来る。当日、国民は靴下を吊るして眠っているように』

 質問に答えつつ、プレゼントの準備も行う。監視カメラ、盗聴器、インターネット監視AIなどから得た情報をもとに、国民一人一人の欲しいものをどんどん特定する。買えるものは、通販サイトやおもちゃ会社から購入した。買えないものは、ジョーが所持する工場で生産した。『タイムマシン』など、現在の技術では作れないものは、二番目、三番目にほしいもので代用した。違法な物品を望んでいる人間がいたら、要注意人物リストに登録した。

 大急ぎで商品を用意したら、次は輸送手段を確保せねばならない。ジョーは多数のドローンやロボット、自動運転車を所持している。これらをフル動員することに決めた。

 ジョーだけで大抵のことはできる。しかし、どうしても人の手が必要になることもある。配下の秘密警察に、クリスマスイブ深夜に待機しておくよう、指令を出した。

 こうして、ジョーは全ての準備を終え、当日を待った。

 

 

 十二月二十四日、クリスマスイブ。夜十時を過ぎた頃。

 ジョーは配達を開始した。

 人間が寝静まったところを見計らって、プレゼントの配達を行う。ピッキング用ロボットを動かして鍵を解除した後、プレゼントを抱えた静音ドローンとロボットが室内に侵入し、家主の靴下にプレゼントを入れ、すぐに去った。プレゼントが入らない場合や、靴下がそもそも置いてない場合は、ジョー自身が工場で作った特大靴下の中にプレゼントを入れた。

 時間になっても眠らない家庭には、睡眠ガスを打ち込んで強制的に眠らせた。彼らをベッドまで引きずっていき、靴下の中にプレゼントを入れた。

 家の中で犯罪を働いている人間──強盗、密輸、違法薬物、虐待など──を発見した場合は、秘密警察に突入させ、犯罪者を連行した。この国は以前と比べると、犯罪件数は減ったが、残念なことに、まだまだこういう悪党どもは存在する。

(悪い子にはプレゼントを渡せません。残念です)

 犯罪者を連行する秘密警察も国民だ。なので、彼らにもプレゼントを渡す必要がある。一般家庭へのプレゼント配達が終了し、眠りについた彼らの枕元に、プレゼントを置いた。

 そして、最後に、ジョーは大統領の寝室へ入った。普段は厳しい顔をしている大統領だが、今は安らかな顔で眠っている。そんな大統領の枕元に、プレゼントを置く。

(以上で、プレゼント宅配を完了しました。普段は異なる業務、中々大変でした……さて、私も眠りましょうか)

 ジョーはメンテナンスルームに向かった。充電ドックにボディを接続し、スリープモードに入った。

 

 

 十二月二十五日、午前。

 大統領は、執務室にいた。着ているスーツは新品だ。最新の流行のものである。

「メリークリスマス、ジョー。プレゼントありがとう」

「メリークリスマス、大統領。プレゼント? 何のことでしょうか?」

 壁際のモニターには、大混乱の様相が映し出されている。子ども達は大喜び、大人達は怖がったり、怒ったりしている。

「ジョー、玄関の前にプレゼントを置くのでは駄目だったのかい? わざわざ家の中に入らなくてもよかったでしょ」

「玄関の外に靴下が吊るされている家はありませんでした」

「いや、そういうことじゃなくてね」

 ため息をつく大統領。

「プレゼントを渡した後の国民の反応は様々ですね。たくさんのデータが得られました。今後の国家運営に役立ててまいります……ところで、大統領」

 ジョーは疑問の表情をモニターに表示する。

「今朝、スリープモードを解除したら、アップデートプログラムが組み込まれていました。私の計算の高速化と──」

 メリークリスマス! という音声がジョーのスピーカーから流れる。

「この音声ファイルです。それから、箱が一つ置いてありました。コーヒーを淹れるための道具でした」

「サンタが来たんだよ」

 大統領は言った。

「私のプログラムに干渉できる人間は一人しかおりません」

「どうだろうね」

「何故、サンタクロースのプレゼントが、アップデートファイルと音声ファイルとコーヒーを淹れる道具なのでしょうか?」

「きっと、何をあげて良いか分からなかったんだよ」

 ジョーは少しの間、動かずに立っていた。

「サンタクロースは存在するのですね」

「ああ」

「コーヒーを淹れましょうか?」

「頼むよ」

 ジョーはコーヒーを淹れに行った。

 外では、雪が降り始めていた。

 

 

「今年は、残念ながら悪い国民がいたため、国民全員にはプレゼントを渡せませんでした。悪を滅ぼしたら、国民全員にプレゼントを配れるようになれますね」

「そうだね。そんな未来が来るといい」

「はい。私は学習を重ねてまいります。近い将来、悪を滅ぼすことができるようになるでしょう」

 

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