一人の男が、とある一軒家にやってきた。
周りに誰もいないか確認すると、塀を乗り越え裏手に回り、道具を使って裏口のガラスに小さな穴を作った。そしてその穴から手を入れて鍵を開け、家の中に侵入する。
男は入ってすぐの黒いドアを開けた。
そこは夫婦の寝室だった。部屋の真ん中にクイーンサイズのベッド。壁には装飾の凝った箪笥と、分厚い専門書がぎゅうぎゅう詰めの本棚。箪笥の引き出しを開けると、そこには宝石の入った箱がたくさん並んでいる。男は箱を背負ったリュックに放り込んでいく。
その時、男は引き出しの隅に、ファンシーな柄の紙切れが置かれていることに気がついた。へそくりの隠し場所でも書いてあるのかと思ったら、違っていた。
『これをよんだひとへ。
ろうかのすいそうのうらを見てください』
子どもの字だ。
男の中で懐かしい記憶が蘇った。自分も子どもの頃、こんな風に手紙を家のあちこちに置いて、親に探させたものだ。
男は紙切れに従ってみたくなった。家族が帰ってくるのはいつも夜だと下調べで分かっている。少しくらい長居したって問題はないだろう……男は紙をそっと引き出しに戻し、廊下へ出て、熱帯魚がのんびり泳ぐ大きな水槽の後ろを見た。そこにはまた紙切れがあった。
『つぎに、れいぞうこの、いちごジャムの下を見てください』
男はキッチンを探した。すぐに見つかった。
この家はキッチンとリビングが一体化している。キッチンからは洒落たソファとテーブル、そして大きなテレビが見える。テレビの横には絵本やおもちゃが置いてある。男の脳裏に、毎晩の家族団欒が浮かんだ。
冷蔵庫を開ける。中は肉や野菜でいっぱいで、ジャムは奥の方にあった。どうにかジャムをのけて、その下の紙切れを手に取った。
『つぎに、テレビの左上を見てください』
テレビの左上にはセロテープが貼ってあって、そこに指令が書かれていた。今度は、
『くつばこのなかを見てください』
靴箱には、
『パパとママのへやへいって、ベッドのまくらのしたをみてください』
寝室へ戻り、ベッドの枕をどかす。
『二かいのものおきべやの、かがみを見てください』
まだあるのか、と男はため息をついた。一体いくつあるのだろうか。自分は空き巣だし、早く逃げなければならない。しかし、ここまできたら最後まで見たい……好奇心に勝てず、男は二階へ向かった。
二階には二部屋しかなかった。一つは子ども部屋でもう一つが物置だ。高そうな骨董品の間を通り抜け、男は鏡の前に立った。
鏡の縁に紙が貼り付けてある。今度はなんと鏡文字で書いてあった。凝っているなあ、と思いながら紙を鏡にうつして読んでみる。
『これでおわりです。こどもべやにいって、おもちゃばこの中を見てください』
ようやく最後か。足早に子ども部屋へ向かう。部屋の真ん中に木製のおもちゃ箱があった。男は蓋を開けた。
中にはクレヨンで描かれた絵と、クローバーとタンポポのかんむり、そしてピンク色の封筒があった。
便箋には、
『おかあさん、びょうきがなおってよかったね。おめでとう! おかあさんがいなくて、さびしかったよ。これからもずっと元気でいてね』
男はしばらくの間、文面をじっと見つめていた。
その晩。
家に家族が帰ってきた。母と父、そして小さな女の子。
女の子は母親を引っ張って、両親の寝室へ連れて行った。子どもに言われて箪笥を開けると、可愛い柄の手紙が入っている。母親は紙にあるとおりに廊下の水槽の裏を見に行き、その後キッチンの冷蔵庫へ、そしてテレビ、靴箱、寝室、物置、最後に子どもの部屋に入った。おもちゃ箱の中のプレゼントを見て、母親は歓声を上げて娘を抱きしめた。
しかし、一緒に見てまわっていた父親が、箱にもう一つ白い封筒が入っていることに気がついた。手に取ってみると少し重い。
中身は現金と手紙だった。
手紙には、こう書いてあった。
『お宅に入った空き巣です。奥さんの退院日に侵入して、申し訳ありません。裏口のガラスの弁償代と退院祝いを置いておきます』