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 大嵐の中。煌々と明かりを灯す、灯台があった。

「今日も大嵐だね」

「ああ」

 灯台の窓から外を見るのは、ふたりの灯台守。土人形のドグーと、狸のタヌーだ。

「もうずっと外に出てないね」

「ホント、どうしたらいいんだろうな」

 タヌーがため息をつき、窓の外を見た、その時。

 波打ち際に人が倒れているのを、見つけた。

「誰かいる!」

 ふたりは外へ飛び出した。大粒の雨に打たれるのも構わず、走る。その子の元へ駆け寄ると、次の高波が来る前に、大急ぎで灯台まで運んだ。藁を編んだベッドに寝かせ、タオルで濡れたからだを拭く。

 隅っこから椅子を二脚引っ張ってきて、ふたりは座った。じっと見守る。

 この子はとても小さい。輪郭はぼやけていて、半分透けている。まるで朝靄のよう。あっという間に消えてしまいそうだ。

 大丈夫だろうか。このまま消えてしまわないだろうか……ふたりが不安で顔を曇らせていると、その子はうっすらと目を開いた。

「聞こえる? ボクはドグー。こっちはタヌーっていうんだ」

 ドグーは尋ねたが、反応は何も無い。

 ただぼーっと、虚空を見つめている。

 ふたりは顔を見合わせた。

「どうしよう?」

「どうしようねえ。海岸に打ち上げられたということは、ボクたちの仲間ってことだし」

 タヌーはそう言って、周りを見回す。

 壁にかけられたいくつものランプが、灯台の中を明るく照らす。塔の真ん中を貫くのは、大きな螺旋階段だ。その螺旋階段から、いくつか横に通路が伸びて、壁際の回廊に繋がっている。

 回廊には、色々なものが飾られている。貝殻、花びら、宝石類。全て、この砂浜に流れ着いたモノだ。砂浜に落ちている、キラキラしたモノ。それを集めるのが、ドグーとタヌーの日課だ。

「何か、ご馳走したらいいんじゃないかな」

「そうしようっか」

 灯台の一階は、ふたりの家だ。小さいけど強い火が出るキッチン。小さな食器棚。白い丸テーブル。

 ドグーはキッチンのコンロに銀のヤカンを起き、湯を沸かしはじめた。

 タヌーは、螺旋階段をのぼった。

 最初の回廊へやってくる。壁の窪みに、色々な花が置いてある。赤い花、青い花、白い花、黄色い花。タヌーは青い花を選ぶと、階段を登り、次の回廊へ向かう。

 ここには、たくさんの貝殻が飾られている。大きさも形も色も、一つとして同じものは無い。でも、光にかざすと虹色に輝くのは一緒だ。タヌーは白色の貝殻を選んだ。青い花と白い貝殻を持って、階段を降りる。その時、ちょうどお湯が沸いた。

 戸棚から小さなポットを出す。その中に花びらを入れ、お湯を注ぐ。少し待った後、三つのティーカップに、お茶を注いだ。

 心が弾むような香りが立つ、青色のお茶だ。

 貝殻は、パキパキと一口大の大きさに割って、お皿に盛った。

「はい、どうぞ」

 テーブルに、ティーカップとお皿を置く。

 一方、その子は、微動だにしない。視線すら向けない。ドグーよりも人形らしい。

 先に、ドグーがお茶を飲んだ。次に、タヌーが貝殻を食べる。

「うん、今日も美味しいね」

「そうだね。貝殻もサクサクだ」

 ふたりがお茶を飲むたび、どこからともなく声が聞こえてくる。囁き声や笑い声、歌声。

 貝殻を食べたら、良い匂いが漂ってくる。心が弾む匂い。良い夢が見れそうな匂い。

 その声と匂いに、その子はぴくりと動いた。お茶と貝殻に目を向ける。やがて、おずおずとティーカップに手を伸ばし、一口飲んだ。

「……おいしい」

「それはよかった。こっちも食べて」

 その子は、貝殻を一口かじる。途端に、目を丸くした。

「これも、おいしい」

 ぼやけていた輪郭が、少しはっきりする。無表情だった顔が、少し和らぐ。

「お腹は空いてる? もっと食べる?」

「たべる」

 それを聞いたふたりはにこりと笑った。ドグーはキッチンにたち、タヌーは素早く螺旋階段を登る。

 タヌーは三番目の回廊にやって来た。そこにはツヤツヤ輝く小石が並んでいる。真っ白な真珠、海よりも深い青色の宝石。金色の石。いくつかの石を持って、タヌーは螺旋階段を降りる。

 石を受け取ったドグーは、石をお鍋に入れた。そこに水を並々と注ぎ、火にかける。

 やがて、お鍋がグツグツと煮え始める。そこに、お塩を少々と、それから珊瑚のカケラを二つまみ入れる。

 すると、石は少しずつ柔らかくなって溶けていく。半分ほど溶けたあたりで、ドグーは火をとめ、お皿によそう。

 次の料理は、宝石スープ。

「はい、どうぞ」

 その子はゼリーのように柔らかくなった、青い宝石を口に運ぶ。すると、頬に赤みがさす。何も言わず、せっせとスープを飲む。

「おかわりもあるよ」

 お鍋の中はあっという間に空っぽになった。

「ケーキはどう?」

「たべる」

 タヌーが向かったのは、四番目の回廊だ。

 ここには、それほど多くのものは飾られていない。いくつかのアクセサリーがあるだけだ。でも、どれもとても綺麗なモノでもある。ネックレスやブレスレット、そして大きな白い宝石がはめられた、指輪。

 タヌーは指輪を手に取った。今まで拾ったモノの中で、一番輝いているモノだ。階段を駆け足で降りて、ドグーに渡す。

 ドグーは、ボウルに小麦粉とバター、そして星屑粉を混ぜる。そこに指輪を入れた。一緒に混ぜると、指輪はすうっと溶け、真っ白に輝く生地になった。

 鉄板の上に油を薄くひき、生地を乗せる。それをオーブンに入れて、スイッチを入れる。

 その子はてくてくとオーブンに近づく。じっと中の様子を見ている。

 やがて、良い匂いがオーブンから漂ってくる。

「いやー、どんな味になるかなあ」

 ドグーとタヌーは、オーブンの前で小躍りする。この匂いをかいでるだけで、楽しくてしかたない。

 しかし、名無しの子は微動だにしない。うつむき、微動だにしない。

「あれ、どうしたの? この匂いは好きじゃない?」

「……うん」

 その子はそう答えて、俯く。

「……くるしい」

 突然、塔全体が揺れた。

 嵐が急に激しくなった。大きな波が、玄関ドアを、それどころか灯台全体を飲み込もうと襲いかかる。

 凄まじい音が鳴り響く。雷が落ちたのだ。一つ二つではない。数百の雷鳴が、空気がビリビリと震わせ、耳を貫く。

 変化は天候だけではない。ふたりの目の前にいる、その子の輪郭が、再び薄れていく。どんどん姿が透明になっていく。

「もしかして、君は」

 ドグーはゆっくりと、話しかける。

「ボクたちと同じかと思ってたけど、違うんだね。海の向こう側の住人だ」

 その子はうんともすんとも言わない。

「海の向こうで、こんな凄まじい嵐が起きて、君は嵐に巻き込まれたんだ」

 灯台の壁に、何か重いモノがぶつかる。いくつも、いくつも。壁に穴が空きそうだ。

「海に投げ出されて、他のモノと一緒に、ここに流されて来たんだ。でも嵐はますます強くなって、この場所ごと君を吹き飛ばすつもりだ」

 タヌーは小さなため息をつく。

「でもまあ、大丈夫でしょ。この灯台だけは、絶対に壊れない」

 そう言って、タヌーは玄関ドアを指差した。

「どれだけ波がうちつけても、ドアは破れないし、水滴ひとつぶも入らないよ」

 ドグーは笑顔で窓を指差す。

「窓もヒビひとつ入らない。雷も落ちまくってるけど、天井は落ちてこない。ただやかましいだけだよ。嵐はこの灯台を粉々にはできない。傷ひとつつけられない。だから、落ち着いて。安心して。ここに君を傷つけるモノは無いんだよ」

 チンと音が鳴った。オーブンの音だ。

 オーブンから出したそれは、まん丸なケーキ。真っ白な生地の中に、虹色の粒がきらめく。

「ほら、ケーキを食べよう」

 ケーキをお皿に乗せ、三つに切り分ける。青い花のお茶をもういっぱい入れる。

「さあ、召し上がれ」

 名無しの子は、一口、二口とケーキを食べる。再び、輪郭がはっきりしてくる。

「……ここは、一体、どういうところなの?」

 ふたりは困った顔になる。

「んー、ボクらにも、よく分かってないんだ」

「ふたりは、いったいなんなの?」

 ふたりはますます困った顔になる。

「ボクらのことは、多分、君の方がよく知ってるよ」

「……そうなの?」

「ここにあるモノも、ボクらも、全て海の向こうから流れついたんだ。だから、海の向こうの住人の君は、必ず知ってるよ。ボクらのことも、ここにあるモノのことも、全部ね」

「……おぼえてない」

「じゃあ、そのうち思い出すんじゃないかな。思い出さなくても大丈夫。忘れたって消えやしないんだから」

 その子は、小首をかしげる。

「まあ、難しいこと考えてないで、ケーキを食べたらいいんじゃない?」

 タヌーはパクッとケーキを食べた。

 その子も、それっきり何も聞かず、ケーキを黙々と食べる。

 こってりと甘く、それでいて爽やかな香りがするケーキ。食べていると、胸の内が温かく、ふわふわしてくる。

「どう? 美味しい?」

 名無しの子はこくり、と頷く。

 外で嵐が猛威をふるう中、さんにんはのんびりと、ケーキを楽しむ。

 全部食べ終わると、タヌーはごくりとお茶を飲み、椅子の背もたれにもたれかかる。

「あー、最高」

 ドグーも、カップに残った最後のお茶を飲む。

「どう? 美味しかっ……あら」

 その子は眠っていた。落ち着いた、優しい表情で寝息を立てている。

 ふと、その子のからだがふわりと浮き上がった。眠ったまま、ふわふわと上へ上へ昇っていく。

 ふたりは、螺旋階段を駆け上がり、あとを追う。

 その子は回廊をどんどん通り過ぎ、あっという間に最上階までやって来た。

 最上階にあるものはただ一つ。灯台の心臓とも言うべき、巨大な青いランプだ。ランプの形は、青い三角錐。その中で、金色の炎が燃えている。

 周りの壁はガラス張りだ。そこからは荒れ狂う海が見える。

 天井は固い石でできている。しかし、上から吊り下げられたスイッチを引っ張ると、窓から開き、屋根の上へ出られる仕組みになっている。

 その子は、天井にこつんと当たった。これでようやく止まったと思いきや、今度はどんどん膨らみ始める。

「マズいマズい!」

 灯台は決して壊れない。天井も窓も割れない。だからこそ、このままこの子が膨らみ続けたらどうなるか、想像したくない。ふたりは急いでスイッチを引いた。

 その子は、ふわりと灯台の外へ出たかと思うと、強風であっという間に吹き飛ばされる。そのまま、どんどん遠くへ飛んでいく。

「……大丈夫かなあ」

 屋根の上に出て、大雨に打たれながら見送るドグー。

「大丈夫だって。お腹いっぱい食べたんだから。きっとこの嵐の中でも帰れるさ」

 青い光が青い点になり、そして見えなくなるまで、ふたりは見送った。

 

 

 ……目が覚めた。

 とても懐かしくて、幸せな夢を見ていた気がする。

 でも、起き上がってみれば、あるのは現実。あの人のいない、がらんとした部屋。

 何故、どうして? どうして私を残していってしまったんだろう? 涙がポロポロこぼれ──

「あれ」

 今日は、不思議と落ち着いている。確かにまだまだ辛いけど、昨日ほどじゃない。

 スマートフォンの明かりが灯る。実家からだ。一度帰ってゆっくりしたらいい──。

 実家の思い出が蘇る。裏山で狸の一家と遊んだり、何故か気に入っていた土偶のレプリカとごっこ遊びをしたり。全てが懐かしく、心地よい思い出だ。

 一度、帰ってもいいかもしれない。美味しいものを食べて、ゆっくり休もう。

 それがいい。きっといい……。

 

 

 海岸に、宝石が流れ着く。

「見て見て、これ! 太陽にかざすと、あの子の姿が見えるよ。無事帰れたみたいだ」

「うん、良かった。また、来るかな」

「あんまりすぐ来てほしくないけどな。でも、また来たら、その時もたっぷりご馳走してあげないとな」

「そうだねえ。次の献立は何にしようかなあ」

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