警報が鳴り響く。
「首都中央、O地区に怪獣発生! ジョー、出動せよ!」
巨大な格納庫。赤い警告ランプが灯る中、巨大戦闘ロボットが待機している。
戦闘ロボらしからぬ、丸みを帯びた巨大なボディ。あまり機動性が高くなさそうなクリーム色の足。一見すると、とても戦闘ロボには見えない。
ロボットの頭部にある液晶モニターが明るくなった。
「ジョー、起動しました。只今より戦闘モードに移行します」
格納庫の扉が開く。眩しい陽光の元へ、ジョーは発進した。
首都では怪獣が暴れていた。
全長約三十メートル、体高約十八メートル。長い尻尾と鉤爪が特徴的な、トカゲ型の怪獣だ。建てたばかりの高層ビルを、まるで積み木で遊ぶ幼児のように、次から次へと壊していく。周囲ではパニックを起こした人々が逃げ惑っている。
「敵を発見しました。攻撃を開始します」
ジョーの背中から、十発のミサイルが発射された。全弾命中し、炎と音が炸裂する。怪獣が苦悶の鳴き声をあげる、その隙に、ジョーは逃げる人々を踏みつけないよう注意しながら、怪獣の元へ急行する。
「さあ、怪獣。反省の時間ですよ!」
アームを伸ばし、怪獣に掴みかかる。しかし、怪獣はジョーを易々と地面にひっくり返し、長い尻尾をボディに叩きつけた。ジョーも負けじと電撃を放ち、抵抗する。
司令室では、特務部隊の者達が、この戦闘状況をハラハラした面持ちで見守っていた。
「ジョー、頑張れ!」
特務部隊司令官兼、大統領が叫ぶ。周りの隊員も、口々にジョーへエールを送る。
しかし、怪獣の長い尻尾と火炎攻撃によって、ジョーは徐々に圧されていく。
「こ、これはマズい! よし、先週開発したばかりの新兵器を使おう」
司令官兼大統領の言葉に、周りの特務隊員がギョッとする。
「お、お待ちを! まだ最終調整ができておりません!」
「今怪獣を倒さなければ、首都が崩壊してしまう! 責任は私が取る。やるぞ」
司令官兼大統領はコンソールパネルを開き、いくつかのボタンを叩いた。
すると、秘密基地の空港から無人機が発進した。巨大なコンテナを抱えたその無人機は真っ直ぐジョーの元へ飛んでいく。
「ジョー、新兵器だ! 受け取れ!」
コンテナが切り離され、ジョーのそばに落ちる。コンテナが開き、中の武器があらわになる。
それは巨大な剣だった。一切の光を吸収する、漆黒の柄。そこからのびる、白い刀身。
ジョーのアームが柄を握った。大きく振りかぶり、怪獣の尻尾を切断する。
「さあ、ジョー。その新兵器『カフェイン+熱線剣』の威力を試すときだ!」
「かしこまりました」
ジョーは剣を構える。説明しよう。この新兵器は、コーヒーから抽出した成分『カフェイン+』を大きな熱エネルギーに変換することで、どんなものでも焼き切ることができる。
怪獣は危険を察知し、後ろへ下がる。火炎放射で焼き払おうと、口にエネルギーをためる。だが、その一瞬の隙をジョーは見逃さない。その巨体からは想像もつかない俊敏さで距離を詰め、熱線剣を横一閃に振るう。
怪獣が動きを止めた。剣の切り口から眩い光がこぼれ──
ドカン!
怪獣は爆発した。
眩い閃光がカメラを、そしてその先にいる特務隊員らの目を焼く。スピーカーから、爆発音が轟いた。
「ジョ、ジョー?」
煙がうっすら消えていく。
半壊した首都のど真ん中。そこに、巨大な影が見える。
「討伐、完了しました」
ジョーはすっくと顔をあげ、半壊した町のど真ん中に立っている。汚れに塗れたボディを夕日が照らす。その光景はさながら、古の英雄像のようだ。
「ジョー、よくやった!」
司令官兼大統領は拳を振り上げ、叫んだ。周りの隊員も万歳して喜ぶ。
「ジョー、帰還します」
ジョーは、ゆっくりと格納庫への道を進む。その頭脳は、すでに次の先頭について考えている。
今回の戦いでは、ジョーは勝った。しかし次もまた勝てるとは限らない。よりいっそうの学習と改良、訓練が必要だ。
頑張れジョー、負けるなジョー。この国の命運は、君にかかっている。
「さあ、つぎのたたかいは──」
夕暮れ時の、とある町。
混雑する大通りを、一組の家族が歩いていた。
「こらこら、走らないの。迷子になったら大変よ」
と、母親。
「もうすぐバスの時間だ。ほら、こっちに来なさい」
と、父親。
彼らの目線の先には、一人の子どもがいる。四、五歳頃で、ロボットのおもちゃを持って、走り回っている。ポストや看板や電柱や、目に映るものを怪獣に見立てて、遊んでいる。
「ほら、もうバスが来る」
父親は子どもを抱き上げ、バス停へ連れていく。程なくして、バスがやって来た。
この辺りは治安が悪く、ギャングの抗争が絶えない。しかし、今日は何事もなく、バスに乗ることができた。
「おおきくなったら、ハカセになって、すっごいロボットをつくるんだ!」
子どもは目をキラキラさせて、そう言った。両親は微笑みを浮かべた。
「そうね。なれるといいね」
──しかし、貧富の差が大きく、決して収入の多くない両親には、子どもへの高等教育に力を注ぐことはできない。
子どもは成長した。夢を忘れ、現実を見るようになった。学校を卒業した後、地元の会社に就職した。堅実に働き、よき伴侶に恵まれ、家族に見守られながら一生を終えた。
「──大統領」
執務室の机の前で、大統領は目を覚ました。
「珍しいですね。あなたが居眠りをなさるなど。お疲れですか? 今日は早めに公務を切り上げましょうか?」
「いや、いい。大丈夫だ」
何か夢を見ていた気がする。可笑しくて懐かしくて不思議な夢を。しかしどんな夢だったかは、もうほとんど思い出せない。
「なあ、ジョー」
「なんでしょうか?」
「もしも、私の両親が抗争に巻き込まれず、生きていたら、今頃私はどうなっていたと思う?」
何となく、尋ねてみた。
何気ない質問にも、ジョーは真剣に考える。
「そうですね。様々な可能性が考えられます。地元で就職可能性や、同じように大統領に就任する可能性、また戦闘ロボットの──」
「あー、もういい。真剣に考えていたわけじゃないから」
大統領は手をひらひらと振り、聞こえないようため息をつく。
もしも、あの時ああいうことが起きなければ。こういうことが起きたら。こうしていたら。
答えのない、無意味な問い。大統領が、そして人類が繰り返して来た、虚無に満ちた問い。
「真剣ではないのですか? では、冗談でございますか?」
「そうだよ」
機械にこの「もしも」は理解できない。
「そうですか。では、私も一つ、冗談を」
ジョーはカップを置いた。その中身はコーヒー……ではなく、赤い液体が入っている。
「これは、紅茶か?」
「はい。私はティーマスターロボットです」
ディスプレイに笑顔を表示するジョー。大統領は一口飲んだ。
「うん、おいしいね」
「ありがとうございます」
ティーカップを見つめる。水盆を見つめる占い師のように。
(……この先の未来にも、様々な可能性がある。慎重に決断しなければ。こんな事を考えないで済むように)
この世界に「もしも」はない。
大統領は、ごくりと紅茶を飲み干した。
(完)