エレベーターが止まり、扉が開く。瞬間、冷たい風が私に吹きつけてくる。
雲一つない空の下、高層ビルが乱立している。その間を行き来するのはスマートな形状の白い電車だ。気温は涼しく、町の外から来た身としては少し寒く感じるほどである。
車道のそばに立ち、タクシーを待つ。運良くすぐにやってきた。手を上げてそのタクシーを止め、中に乗って行き先を伝える。
「お客さん。あのエレベーターから出てきましたよね。地上に行ってらしたんですか?」
走りだした途端、運転手は明るい声で話しかけてきた。心の中で舌打ちする。
「ええ、まあ」
「すごいなあ。地上なんてもう、生きていける環境じゃないでしょうに」
「……ええ」
私は窓の外に広がる、空に似せた青い天井を見ながら、適当に相槌をうった。
昔、人類は異常気象に悩まされていた。特に酷いのが夏だ。気温が異常に高く、熱中症でバタバタと人が倒れたのだ。年々酷くなる気象災害にとうとう耐えきれなくなった人類は、地下に都市を建設し移住した。最初は反発もあったが、荒ぶる自然に勝てる者はいない。現在ではほとんどが地下暮らしだ。
ただ、例外はいる。私のような観測員だ。地上に長期間住んでデータを収集し、地下の政府に送信する仕事をしている。地下に潜るのは年に一回ある総会の時だけだ。
「今の地上は夏だから、一番過酷な時期ですよね。大丈夫なんですか? 死んだりしませんか?」
「ええ、まあ。暑さ対策をすれば平気です」
私は天井から建物に視線を移した。
日光や風雨による侵食がない町はとても綺麗だ。ビルの壁面は人口照明を反射して光り輝いている。歩道も舗装されたばかりのように美しい。
そんな道を歩く人間は、日光に当たっていない分私よりも肌が白い。
「あ、お客さん。もう着きますよ。あの前でよろしいんですか」
「はい。門の前でお願いします」
タクシーが止まった。会議が行われる高層ビルの前だ。
守衛にカードを見せて門をくぐる。ビルのエントランスへ続く小道を歩く。
小道の両側を、良い匂いのする綺麗な花壇が飾っている。だがその花は全て全て精巧な作り物だ。天井の光は光合成にむかない波長であるし、その上ここでは花粉を媒介する虫や鳥もいない。
造花を横目にビルに入る。受付で手続きを済ませて会議室に行き、席に座った。
定刻になり、総会が始まる。お偉い方の長い話を、あくびをかみ殺しながら聞く。
退屈な時間がゆっくりと過ぎ、やがて終わる。すぐに席を立ち、出口へ向かう。
しかし、向かいから上司がやってきた。
「やあ、一年ぶりだね。この前のデータを見たぞ。最高気温が歴代最高の値に達したんじゃないか。しかもまだ上がるかもしれないんだろう?」
「はい。日中の外出は当分無理です」
「そうか。本当にご苦労なことだな。これからも気をつけて観測したまえ」
「はい。ありがとうございます」
上司と別れた後、ビルを出る。タクシーを捕まえ、地上連絡用のエレベーター前まで行く。幸い今度の運転手は無口で、何も聞かれることはなかった。
エレベーターに乗り、地上に到着するのを待つ。数分後、チンと音を立てて扉が開く。
暑い風が私の顔を撫でる。
綿雲が広がる空の下、広大な森が広がっている。その木々の隙間では見え隠れするのは人類に捨てられた建物だ。
ポケットから小さな温度計を出して気温を測る。暑くはあるが、異常な高温ではない。
人類が活動拠点を地下に移したことによって、悪化していた自然環境は蘇った。今では命に危険を及ぼすほど、気温が上昇することはない。
だが、地下の人間はそれを知らない。私が嘘のデータを送っているからだ。
真実を知れば、すぐに地上に戻ってきて文明復興という名目の自然破壊を始めるだろう。せっかく回復した環境がまた悪化してしまう。
私は虫や鳥の鳴き声に耳をすませながら、森の奥にある自宅に向かって歩きだした。