朝の遅い時間に、メアリは目を覚ました。しかし昨日の会話を思いだすと憂鬱になり、中々ベッドから起きあがれない。
そうこうしていると、ドアがノックされた。
「おはよう、メアリ。起きてる? テーブルに朝ごはん、置いてあるから。僕はちょっと行ってくる」
「行ってくるって、どこへ?」
「森の奥。昼頃には戻るよ」
遠ざかる足音が聞こえなくなると、メアリはのろのろと起きあがり、寝間着からシンプルな白い長袖のワンピースに着替える。食堂に行くと、彼の言った通り、テーブルにサンドウィッチが置かれていた。具材は昨日の山菜だ。
黙々と食べていると、背後のドアが開いた。もう帰ってきたのかと思い、振り向く。
「うわ!」
「きゃあ!」
そこにいたのはハリーではなかった。二人の幼い子どもだった。
八歳くらいの男の子と五歳くらいの女の子だ。二人とも毛皮のチョッキと皮のズボンを履いている。靴は革製の粗末なサンダルだ。
驚き戸惑いつつも、メアリは席を立ち、ゆっくりと子ども達に近づいた。
「貴方たち、どこからきたの?」
男の子が女の子を守るように、前に出る。
「お、お、お前が死神か!」
「は?」
女の子が彼の腕を掴む。
「違う、この人は違うよ!」
「何だって? じゃあ死神の仲間か!」
男の子は敵意の目でメアリを睨む。その目は子どもとは思えないくらい、真剣そのものだ。
「死神ってなんのことかしら」
「とぼけるな! あの骸骨のことだよ!」
メアリはますます驚く。この子ども達はハリーのことを知っているらしい。ハリーは村人の前では変身していると言ったが、子どもには見破られるのだろうか。
「え、ええ。あの厄介な骸骨なら確かに今住み着いている。でも貴方達のことは知らないわ。彼が何かしたの?」
「あいつ、父ちゃんの命を狙ってるんだ」
「何ですって? 本当に?」
子ども達はコクコクと頷く。
「ホントだ。あいつが来てから父ちゃん、寝こんじまってる」
「……中に入りなさい。話を聞くわ」
二人分の椅子を別の部屋から取ってきて、机の前に座らせる。
「まだ名前を聞いてなかったわね。私はメアリ・スノウ・キャンドル。この館の主よ。貴方達は?」
「俺はグレイ。こっちはアン、妹だ」
「どこからどうやってここに来たの?」
「近くの村だ。昨日、死神が猟師の爺ちゃんに言ってたんだ。森の奥にある館に住んでるって。だから道を辿ってここに来た」
嘘でしょ、とメアリは目を丸くして二人を見た。狼がいる森の中を、こんなに幼い子どもがはるばる歩いてやってくるとは。
「貴方のお父さんのこと、詳しく教えて?」
「あいつが初めて来た日、まだパパは元気だったの」
今度はアンと呼ばれた子が答えた。
「パパには死神が人間に見えたみたい。死神と笑顔でお話して、うちのパンと肉を交換したの。そしたら、急に熱を出しちゃって、今も動けないの」
メアリは首をひねった。確かにハリーは死神だが、今までメアリ以外の命を狙っているそぶりは一切なかった。死神の来訪と父親の病気が偶然重なっただけの可能性だって十分ある。
(でも、真剣に取り合わないわけにもいかないわね)
メアリは一番シンプルな策をとることにした。
「分かったわ。死神に会わせてあげる」
「え?」
兄妹同士、驚く顔がよく似ている。
「死神に会って、お父さんの命を狙っているのか尋ねてみなさい。もし本当にそうなら、お父さんの命を取らないでってお願いしてみましょう。私も手助けするわ」
兄妹の表情が少し明るくなった。
「う、うん。ありがとう」
「いいのよ」
ニコッとメアリは笑う。
(だけど、もしこれで本当にアイツがこの子達の父親の命を狙っていたら、どうしようかしら。諦めてくれるといいけど、しつこい性格だし……)
メアリが悶々と考えていると、兄妹は部屋をキョロキョロと見回し始めた。兄の方は椅子を立ち、窓や壁をベタベタ触りだす。
「なあなあ、姉ちゃんは何してるんだ?」
「え?」
「いつも何してるんだ? こんな森の奥で」
「えっとね、バイオリンを弾いてるの」
「バイオリンって何だ?」
二人とも首を傾げる。それはそうだ。バイオリンは貴族の楽器だ。村人が知るはずもない。メアリは部屋を出て、楽器かばんを持ってきた。テーブルに置いて開くと、美しいメアリの相棒が姿を現す。
「これがバイオリン。楽器よ。早速何か弾いてみましょう」
曲名は『春の子ども達』。テンポが速い、陽気な曲だ。
弾き始めると、子ども達の顔が益々輝きだす。良かった、気に入ってもらえたようだ。
演奏が終わると、二人は歓声をあげた。
「すごい! とってもキレイ!」
「もう一回やってよ!」
メアリは心からの笑顔を浮かべた。
「ありがとう。そう言ってくれて、とても嬉しい」
久々に心底楽しいとメアリは思えた。こんな純粋な反応をもらったのはいつぶりだろう。
次の曲を弾こうと構えた時、ガチャリと音がしてドアが開いた。音につられて振り返った兄妹達の笑顔がすっと消えた。
青年が立っていた。茶色の短い髪、色白の肌。瞳は海のような青で、鼻は高い。唇は大きく、エラが少し張っている。体格はがっしりしていて、服装はこの季節だというのに分厚い黒のロングコートだ。何だか辛気臭い雰囲気を纏っている。
メアリはすぐに分かった。姿は変わっているが、こいつはハリーだ。
「ただいま。その子達は?」
「この二人はグレイくんとアンちゃん。貴方に尋ねたいことがあるそうよ」
グレイは勢いよく立ち上がり、どこから取り出したのだろうか、石を投げつけた。石はハリーの胸に当たった。
「父ちゃんを連れていくな! 死神め!」
ハリーの唇や目、頬が表情を作った。皮膚があるのだから当然だ。しかし、どこか歪で作り物めいて見える。
「えーと、メアリ。説明お願いします」
「この二人のお父さん、一昨日から病気なんですって。だからハリーが命を狙っているんじゃないかって思ってここに来たの」
「え? そんなの、僕知らないよ!」
慌てるハリー。演技には見えない。本当に無実なようだ。
「嘘つけ!」
「グレイくん。ハリーは嘘をついていないわ」
メアリが割って入るが、グレイは逆上した。
「お前も死神のグルなんだな!」
ビシッとメアリを指差すグレイ。
「こんな所に一緒に住んでるなんて、やっぱりおかしい!」
メアリは適当な嘘をでっち上げることにした。
「ハリーはね、おうちの鍵を失くしちゃって家に帰れないの。だから鍵が見つかるまでここに住んでいるの」
「騙されないぞ!」
その時、ハリーは一瞬で間を詰め、グレイの前に立った。
「君、僕のことをあれこれ言うのは構わないけど、メアリを嘘つき呼ばわりするのは許さないよ」
地鳴りのように低く刺々しい声。メアリは呆れた。ハリーは本気で怒っている。子ども相手に。
「姉ちゃんと死神は仲良しじゃないか! 二人揃って父ちゃんを殺すつもりなんだろ!」
勇敢にも言い返すグレイ。しかし、威勢の良さとは裏腹に両足が震えている。本当は怖いのを必死で我慢しているのだ。
「ハリー、グレイくんは本当にお父さん思いなだけよ。本気で怒らないで。こんな優しい子ども達のお父さんの命を奪うなんてこと、しないでしょう?」
「しないよ!」
ハリーは叫んだ。
「そもそも、君達の村で近いうちに人が死ぬ予定はない。そのお父さんの病気もすぐに治るだろう」
「……本当?」
アンが小声で尋ねる。ハリーは「本当だって」と言って首を何度も縦に振る。もう怒りはひき、落ち着きを取り戻していた。彼は懐から何かを取り出した。
「これあげる。お守りだよ。持っていると、お父さんの病気が良くなる」
それは金色の鈴だ。受け取ったグレイが揺らすとチリンと良い音が鳴る。
「こ、この鈴で、父ちゃんの病気は治るのか?」
「うん。ただし、お守りが効果を発揮するために、守ってもらわないといけないことが二つある」
「何だ?」
「一つ目は、僕のことを一切喋らないこと。この鈴はメアリに貰ったって言うんだよ。二つ目は、お父さんの看病をきちんとすること。二人の真心があって初めて鈴は力を発揮するんだ。できるかい?」
グレイは頷いた。
「できるよ。なあ?」
アンは大きく頷いた。その顔にもう恐怖はなかった。ハリーは微笑み、グレイの手に鈴を落とした。
その時、館の外から声が聞こえた。グレイとアンは弾かれたように立ち上がり、窓に駆け寄った。遅れて残りの二人が兄妹の背後から外を見た。
正門に誰かが立っている。馬が一頭、人間が一人。大声で兄妹の名前を読んでいる。
「父ちゃんだ!」
「パパ!」
兄妹は喜びのあまり、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「それは良かった。早く行きましょう」
メアリとハリーは兄妹を正門へ連れていった。訪問者は、毛皮のベストを着たむさ苦しい大男だった。斧を腰にぶら下げている。子ども達が笑顔で駆け寄ってくるのを見て、
「馬鹿野郎! こんなところまでやって来て! どれだけ探したと思ってるんだ!」
口では怒っているが、顔には安堵の思いがありありと出ている。
「ごめんなさい、お父さん。病気、大丈夫?」
「あったりめえだ! こんなんすぐ治る!」
怒りながら二人の子どもを抱きしめる父。
それから、父親はメアリ達を見た。
「メアリお嬢様じゃないですか!」
「え?」
メアリは記憶を辿るが、思い出せない。言われてみれば見覚えがあるような……。
「ほら、小さい頃、色々お手伝いをされてましたよね!」
「──あ!」
そうだ、そうだった。メアリの脳裏に幼い頃の鮮やかな記憶が蘇った。家族で村に行った時に、この人の奥さんと仲良くなって、家のお手伝いをよくさせてもらっていた。
「思い出しました、あの時のご夫婦でしたか。お久しぶりですわ。こんな可愛らしいお子さんが生まれていたなんて」
「いやいや! 親の言うことを聞かずに口答えばかりするし、勝手に家を出ていくし。とんだやんちゃ小僧と娘ですよ」
話す内容とは裏腹に、父親の顔は緩んでいる。
彼の腕にしがみついている子ども達が父の顔を見上げた。
「パパ、お姉ちゃんと知り合い?」
父親はアンの頭を撫でながら答える。
「お嬢様はね、昔はご家族の方とよくこの別荘で過ごされたんだよ。村にもよく来て、演奏会を開いてくださった。お嬢様、旦那様はお元気で?」
「はい。今日もパーティーでオルガンを弾いていますよ」
「そうですか。あんなことがあってから全然こちらに来られないものですから、心配してたんです。お元気で過ごされていると聞いてほっとしました。
ところで、そちらの方は? 一昨日村に来てらっしゃいましたが」
少し離れた所に黙って立っているハリーに視線がいく。
「彼は従僕のハリーです」
「じゅう、ぼく?」
「使用人です」
ハリーはぺこりと頭を下げた。お辞儀の仕方はとても従僕のお辞儀とは思えないが、貴族の暮らしを知らない父親は、何も疑わない。彼も頭を下げた。
「そうなんですか。これからよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
それから少し世間話をした後、父親は子ども達を連れて帰っていった。三人とも何度も何度も振り返っては、こちらに向かって手を振っていた。
親子の姿が見えなくなると、メアリはほっと溜息をついた。
「良かったわ。あの子達が無事帰れて。お父さんも元気そうだし」
「そうだね。本当迷惑だった」
メアリは先ほどのハリーの剣幕を思い出し、眉を潜める。
「相手は子どもよ? あんなに怒らなくてもいいじゃない」
「何であいつらの肩を持つのさ」
ハリーは口を尖らせる。見た目は大人なのに、その様子はまるっきり子どもだ。メアリは苦笑した。
「あの鈴、本当に本当に魔法の力があるの?」
「ないよ」
ハリーは即座に答えた。
「そんな気がしていたけれど、やっぱりないのね」
「うん。たまたまポケットに入ってた、ただの鈴だよ。早く帰って欲しかったから適当な嘘をついた。でもあの調子なら、すぐに元気になるだろう。それより、君があの人と知り合いだったことに驚きだ」
「まあ、小さい頃はよく村へ両親とよく行ってたから」
メアリは門を施錠した後、早足に館の中に戻る。
『あんなことがあってから全然こちらに来られないものですから……』
家族と使用人以外しか知らないはずだが、秘密というものはやはり広まるようだ。
後ろからハリーが駆け足でついてくる。
「メアリ、これからどうするの?」
「洗濯をするわ。やっていなかったから」
「分かった。じゃあ終わったら居間に来てね。待ってるから!」
そう言うと、メアリの横を走り抜けていった。
(どうしたのかしら。いつもと少し様子が違けど……まあ、いいわ。ハリーはいつだって変だもの)
メアリは洗濯物を取りに二階へ上った。
汚れた服を空きのトランクに、身体を洗うためのタオルと着替えをカゴに入れて、浴室に入る。
まず身体を綺麗にし、その後、洗濯にかかる。本邸にいた洗濯係の様子を思い出しながら、おぼつかない手つきで衣服をこする。やってみると予想以上に面倒臭く力がいる。
(こんなの毎日やっていたら手が荒れてしまうわ)
メアリは洗濯係を心底尊敬した。
何とか全部の衣服を洗うと、メアリは近くの木の枝に干した。日は当たるけれども周りからは見えにくい、ちょうど良い場所だ。干し終えると、ちょっとした達成感をメアリは味わった。
館に帰ると音楽室の前にハリーが立っていた。
「どうしたの、ハリー」
「渡したいものがあるんだ」
そう言うと、後ろに回していた両手を前に突き出した。
その手には、大きな花束があった。
オレンジ色の花だ。六枚の花びらを大きく広げている。花弁の真ん中には、ふわふわした、先の丸い黄色のおしべがあり、ぴんと上を向いて生えている。
「今朝狩りをしている最中に見つけたんだ。向こうの崖のところにお花畑があったんだよ。綺麗でしょ?」
「そこへ連れていって」
「え? でも道がきつ──」
メアリはハリーの服をガシッと掴んだ。
「お願い。連れていって、その花畑へ!」
メアリの声に驚いた鳥がバサバサっと飛び立ち、たじろいたハリーは一歩後ろへ下がった。
「わ、分かった。連れていくよ。こっち」
ハリーはメアリの手を取り、勝手口から外に出た。浴室の隣を進み、茂みの中の獣道に入る。生い茂る枝や草をかき分けながら、ゆっくり歩く。
「きゃ!」
メアリは小さな穴に足を取られ、よろめく。顔をハリーの背中にぶつける。
「怪我はない?」
「平気よ」
枝が日光を遮っているため、辺りは暗く、地面がちゃんと見えない。慎重に進まないと大変だ。
その時、メアリの足元にボッと火の玉が現れた。腐った落ち葉や動物の足跡が炎に照らされる。
「これでどう?」
「助かるわ」
やがて道は急な上り坂になり、いよいよ歩きにくくなる。木の棘がメアリの肌を引っ掻く。それでもメアリはハリーの後をぴったりくっついていく。
唐突に、視界がひらけた。
橙色の花が、一面に咲いている。草丈は腰くらいまでの高さで、風が吹くたび、ほんのり花の匂いが香る。
「ここだよ。館から少し離れているけど、綺麗な場所だよね」
「ええ」
メアリは聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう言った。
崖の向こうにもまた森が広がっている。一年中色褪せることのない緑が地平線の向こうまで続いているのだ。太陽の光が森の輝きを、緑の美しさが花の美しさをさらに際立たせている。
「この花はサンドロップといって、昔は館のお庭で育てていたわ。この花びらは薬になるの。だからお母様が花のお茶を作ってよく飲んでいたわよ。まさかこんなところに生えていたなんて」
「お母さんは、今、どちらに?」
「天の国」
「……そっか」
「生まれつき身体が弱くて、しょっちゅう病気にかかっていたの。特に暑いのが駄目で、夏はいつも体調を崩していたわ。だから毎年、暑さを避けるためにこの館に来たわ」
メアリは、母のことはずっと誰にも話さなかった。話してはいけないと思っていた。
何故話す気になったのか、彼女にもはっきりとは分からない。死神相手だからかもしれない。
「しばらくは元気だったんだけど、十年前に突然発作が起きて、あっという間に逝ってしまったの。ハリーはお母様に会ったこと、ある?」
「残念ながらないよ。でも演奏なら聞いたことがある。素晴らしかった」
「それはどこで? この世? 天国?」
「この世だ。死神になってまもない頃、劇場に忍びこんだら丁度演奏してた。どこからともなく力が湧いてきて、目の前にその曲の世界が見えたような気がしたよ」
「それはお母様の力よ」
メアリは大きく頷いた。
「お母様が弾く曲は、観客に夢を見せたの。皆、まぶたの裏にその曲の世界を見るの。ある人は花畑を、また別の人は星空を見たというわ。人に夢を見せるほど、お母様の演奏は心を揺るがす力があったの……お母様に憧れて、私はバイオリン奏者になったわ」
今でも思い出す。劇場でバイオリンを弾く母の、美しく神々しい姿。まさしく、音楽の女神だった。
「お父さんはどんな人?」
「オルガン奏者よ。昔は、劇場やお城にある大きなオルガンを弾いていたわ。お父様もお母様と同じくらい有名よ。無口で気難しい人だって言われてるけど、お母様がいた頃は朗らかでよく笑う人だったわ」
「そうか。良いご両親だね」
過去形であることには、ハリーはあえて触れない。
メアリはためらいがちに口を開く。
「ねえ」
「何だい?」
「もしあちら側に行ったら……会えるかしら? お母様に」
「分からない。会ったことがないから。転生していなかったら、探せば会える」
メアリは赤く色づき始めた空を見上げた。花畑に背を向ける。
「帰りましょう。もう空が暗くなってきたわ」
しかし、ハリーは首を振って地面にしゃがみ込み、花を手折り始めた。
「何をしているの?」
「ちょっと待ってて。すぐにできあがるから」
花を束ね、手際よく編んでいく。花は花束になり、花束はあっという間に一つの大きな花冠になった。
「はい、どうぞ」
「綺麗ね。でも何で?」
「少しでも悲しみが和らげば、と思って」
ハリーはそれをメアリの頭にそっと載せる。
「似合っているよ」
「キザなことするのね」
メアリは目元に滲んだ涙を拭った。
その日の夕食は、ウサギ肉のステーキだった。味付けはシンプルに塩だけだが、肉そのものが柔らかく、美味しい。
「メアリ、これ。どこに置く?」
ハリーが両手に持っているのは、サンドロップを活けた花瓶だ。
「そこに置いといて。後で私が持っていくわ」
「分かった」
夕食後、メアリは花冠を寝室の、日の当たらない壁に吊るした。サンドロップの仄かな良い香りを嗅ぎながら、眠りについた。