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第二章-4

 翌朝。
 シャロンは天蓋のカーテンごしから差す光で目を覚ました。おおあくびをしつつ、ふかふかのベッドから上半身を起こす。同時に、ドアが控えめにノックされ、召使が銀の盆を持って入ってくる。朝食の時間だ。
「おはようございます、姫様」
 ベッドに朝食の盆が置かれる。果物とオムレツとスープ。シャロンは黙々と口に運んだ。
 食べた後は着替えだ。三人の召使がシャロンのシュミーズを脱がせ、分厚い白黒のドレスに着替えさせる。今度は白と黒のリボンが、とぐろをまく蛇のように、スカートの裾から首の襟までぐるぐると縫いつけられている服だ。シャロンはぶすっと顔をしかめた。
(これを作ったやつの顔が見てみたいわ)
 しかし文句は言わない。どんな服を持って来させても、酷い服しかないからだ。
 着替え終わると、シャロンは横柄に指示をする。
「昼前に馬車をよこして。ネラシュ村へ行くわ。私はそれまで庭園にいるわ。お茶を持ってきて」
「かしこまりました」
 召使はうやうやしく答えた。シャロンは部屋を出た。
 王宮にはかつて、綺麗な庭がいくつもあった。シャロンの父親が即位してからほとんどが「異教的」という理由で切り倒されてしまったが、白バラだけはシラ神の花なので残された。今では王宮唯一の庭である。
 ここ最近、一斉にバラが咲き始めた。入り口のアーチは真っ白なバラで覆われ、くぐるととても良い匂いがする。庭は辺り一面真っ白だ。こんもりとしたバラの木立、壁一面を覆う白バラのカーテン。庭の真ん中には、咲き誇るバラのドレスを身に纏った、シラ神の石像が立っている。
 シャロンは像の裏へまわった。バラの木の根本にしゃがみ、地面を這うツタの間に指をさしこむ。湿った土をさぐっていると、固いものに触れた。重たい輪っかだ。しっかり掴み、持ち上げる。
 地面が四角く盛り上がり、わずかな隙間が現れた。そこにもう片方の手をつっこみ、中身を取り出す。それは薄汚れた布の包みだった。シャロンは布をそっとめくった。赤い布張りの表紙がちらりと見えた。
(あの人はトショカンにいたって、お茶会で言ってたわ。トショカンって、本がいっぱいあるところよね。宝石はダメでも、本を見せたらドレスをくれるわ)
 シャロンはムフフと笑う。
 そして振り返り、目を見開いて立ち止まった。
 たくさんの兵士が立っている。白い甲冑と黒い甲冑。全員、腰に剣を下げている。
「誰よ」
 シャロンは不信感を隠さずに言った。すると、一人の男が前へ進みでた。彼は宝石が散りばめられた、黒いビロードの長衣を着ている。神官だ。
「姫様、我々は神官です。その中身を見せていただけませんか」
 神官は三日月のように目を細める。
「なんでよ」
「陛下から許可をいただいています。見せてください」
「いやよ」
 シャロンは包みを胸の前に抱き、逃げようと走りだした。しかし、すでに横にも像をはさんだ背後にも兵士がいる。
「アド! トロカ! こいつらを何とかしなさい!」
 召使の名前を呼ぶ。しかし彼らは怯えた顔をして庭の入り口に立ったままだ。
「ほら、見せてください」
 神官は彼女の頭上からぬっと手を伸ばし、包みを奪った。
「おやおや、これは本ですねえ。中身は……ふむ。神への冒涜だ」
「返せえ!」
 激怒したシャロンが神官に飛びかかり、長い爪で顔を引っかく。神官は引き離そうとするが、癇癪を起こした子どもの腕力は並大抵のものではなく、神官の顔に次々引っ掻き傷ができる。兵士たちが数人がかりでようやくシャロンを引き剥がした。
「何するの! 無礼者!」
 兵士たちに担がれても、まだ手足をバタつかせるシャロン。神官はひいふう言いながら、ふところから手拭いを取り出し顔を拭く。
「とんだじゃじゃ馬娘だ。連れていけ」
 兵士たちは暴れるシャロンをがっちりと抱え、棒立ちの召使の前を通り過ぎ、庭を出ていった。

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