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第二章-5

 ジタバタ暴れるシャロンが運ばれた先は、こじんまりした、しかし綺麗な部屋だった。
 兵士たちは泣き疲れたシャロンを椅子に座らせた。神官はシャロンの向かいに座り、そして近くに控える年の若い神官に、カップを持ってこさせる。カップからはほかほかと湯気が出ている。
「ほら、どうぞ。お菓子もありますよ」
 カップと一緒に差し出された箱には、透明な飴が入っている。しかしシャロンはブスッとした顔で神官を睨みつける。
「姫様、そんなお顔をされては、せっかくの美人が台無しですよ」
 神官はカップのお茶を一口飲む。
「どうかお菓子を食べて、リラックスしてくださいな。甘くておいしいですよ」
 シャロンは神官のことをまるで信用していない。顔も声も、何もかもが胡散臭い。しかし、泣き叫んだあまり、喉が乾いていた。お腹も空いていた。なので、お茶を飲んだ。
(ん、甘い)
 蜂蜜とも楓とも違う、すっきりした甘さだ。シャロンは怒りを忘れ、こくこくとお茶を飲んだ。飴も一粒食べる。お茶と同じ味がする。しかしこちらはもっと甘い。お茶の味が凝縮されている。
「どうです、おいしいでしょう」
「そうね」
 シャロンは飴玉を舌の上で転がす。本当に甘い。舐めていると、心なしか頭がポカポカし、笑いたくなってきた。あたりが眩しい。
「さて、姫様。先ほどは失礼しました。私めは、貴女と少しお話がしたかったのです」
「なんの話?」
「私達の上に立ち、導いてくれる存在について、です」
 神官は棚から一冊の本を持ってきた。羊皮紙の本だ。しかし、表紙を開いた瞬間、ページから神々が飛びだした。眩い昼の神と、星の光を纏う夜の神。彼らが光と闇の渦が描かれたページの上に立ち、シャロンに微笑みかけている。
「仕掛け絵本です。すばらしいでしょう? 二つとない逸品です。差しあげますよ」
 シャロンは聞いていなかった。ページをどんどんめくっていた。内容は散々聞かされてきた、世界の創造の場面。しかしこの絵本では、何もかもが新鮮で、神々しい。神々や精霊が光り輝いている。
 どこからか歌が聞こえてくる。シャロンは顔を上げて窓を見る。
「歌唱隊の練習ですよ。神々に捧げる歌を歌っているのです。良かったら見にいきますか?」
「うん!」
 シャロンは神官に連れられ、王宮の敷地内にある神殿へ行った。金銀の光が降り注ぐ中、歌唱隊が歌っている。大人が多いが、シャロンと同じ年頃の子どももいる。
「良かったら歌ってみますか?」
 神官に楽譜を渡される。しかし、シャロンは歌詞が読めない。まごついていると、歌が終わった。歌唱隊の人々が雛壇から降りてくる。まっさきにシャロンに駆け寄ってきたのは、子どもたちだ。
「姫様! 来てくれてありがとうございます!」
 わらわらと集まってくる子どもたち。普段のシャロンなら怒鳴り散らして追い払うところだが、今はどういうわけか、気分が良い。何でもできる気がするし、何をされても気にならない。
「歌、とても良かったわよ」
「ありがとうございます!」
 子ども達の顔が眩しい笑顔になる。
「皆さん、良かったら姫様と歌ってみてはどうでしょう?」
「えっ」
 シャロンは戸惑う。歌詞なんか全然分からないし、そもそも歌ったことなんか今まで一度もない。しかし、子ども達はすぐにシャロンを中心に輪になり、歌い始める。仕方なくシャロンも、見よう見真似ならぬ、聞き様聞き真似で歌いだす。最初は調子外れだったが、すぐに周りと同じように歌えるようになる。
 シャロンは子ども達と同じ笑顔を浮かべ、日が暮れるまで歌い続けた。背中に翼が生えた気分だった。
 その翼は、シャロンを連日、光り輝く神殿へ通わせた。歌唱隊の人々とすっかり仲良くなり、一緒に歌を練習したり、仕掛け絵本を読んだ。
 そんな日々が数日続いた。
「姫様。少々お願いがあるのですが」
 絵本を読んでいるところへ、神官がやってきた。
「ディーロ様の奥様の様子を見ていただきたいのです」
「えっと……アンナのところ?」
 彼女の名前を思い出すのに、少し時間がかかった。
「ええ。彼女とマイト様は何度かお会いになっているようです。その時にどんなことを話しているのか、尋ねて欲しいのです。ただし、私が探っている、ということは隠してくださいね。お茶を飲んだりお喋りをしながら、それとなく聞いてください。できますか?」
「もちろんよ」
 シャロンはポリポリ飴を食べながら言った。
「今すぐここを出れば、昼ごろに着くわね。行ってくるわ」
「ええ、お願いします。すぐに馬車を用意いたしますね」
 神官はにんまりと笑みを浮かべた。

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