第二章-8
日が沈み、夜になる。
双子は看病を続けていた。シャロンの部屋に入ると、猫撫で声で話しかけられる。
「ねえ、あめちょーだい」
「申し訳ありません。私どもは持っておりません」
レオは答えた。本当のことだ。彼らは飴を持ってきていなかった。
「じゃあ神官からもらってきてよ」
「申し訳ありませんが……」
屋敷から抜けだして取りにいこうにも、ヨールが巡回しているため難しい。
「いますぐ欲しいの」
「本当に申し訳ありません。どうすることもできないのです」
「持ってこい!」
耳をつんざく怒鳴り声。
「もってこいっていってんだよ! このブタ!」
部屋のドアが開き、アンナが入ってくる。
「まるで魔物つきのようだね」
そう呟くと、彼女はサイドテーブルにカップを置いた。そこに、金色の液体が溜まっている。強い芳香を放っている。
「もしこれを飲んでくださったなら、飴を差しあげますよ」
シャロンはアンナの手から乱暴にカップを取ると、口の端から中身を滴らせながら飲む。
「飴は?」
「どうぞ」
小皿を置く。茶色の飴がいくつか入っている。シャロンは数粒を口に放り込み、すぐに吐きだす。
「これちがう!」
「それしか無いんです。お気に召さなければ、召しあがらなくて結構です」
唸り声をあげ、シャロンはアンナに飛びかかる。しかし、すんでの所で双子がシャロンを羽交い締めにし、ベッドに押さえつける。それでもなおシャロンは暴れ続けたが、双子の拘束技はガンとして緩まない。やがて、次第に大人しくなり、寝息を立て始めた。
「薬がようやく効いてきたか」
アンナは皿に残った飴──アーモンドのはちみつ煮をポリポリ食べる。
「先ほどのお茶ですか?」
レオは尋ねた。
「うん。素直に飲んでくれて良かったよ」
「飴を与えたらもっと早く静かになったと思いますが」
「それは絶対に駄目。メディ医師もそう言ってたでしょ。一時的に静かになっても、後々余計に酷くなるよ」
「そんなの嘘です」
割れたカップを片付けていたマオが顔を上げた。
「多くの人々が飴を食べてますが、死んだ人なんていませんよ。『神官に消される』? メヤキが毒なんて出まかせを吹聴するからです」
「ティルクスの神官はそう言ってた。本当の話だ」
「昼間もそんなことをおっしゃっていましたね。何という名前の神官ですか?」
「クロニト第二位大神官」
「そんな人知りません」
「アルケ神殿からやって来た、ティルクスの神殿のトップだよ。気になるなら調べてみたら?」
「仮にその方が本当にいたとしても、貴女が嘘をついていない証明にはならないでしょう。ともかく、神官が毒を飲ませるはずがありません」
「随分と神官を信じるんだね。もしかして君達は、王家から派遣された使用人ではなく、神々のしもべなんじゃない?」
双子は何も答えない。
「もしかして神官兵? さっき手際よくシャロンを押さえこんでたもんね。訓練してないとできないでしょ、あんなこと」
「私達が何者かは、関係ないでしょう」
否定しないあたり、図星らしい。
「貴女は、普段白と黒以外の服を着たり、経典を読まなかったりと、随分と不信心な行動ばかりとっています。そんな人の言葉に耳を傾ける必要がどこにあるんですか?」
ふ、とアンナは鼻で笑う。
「神官は人だ。神様じゃない。顔も知らない赤の他人の、それも何の役に立たない妄言をどうして守らなきゃいけないの? 神話を読んでみなよ。色んな神様が色んな服を着ている。ヨラ神は青いマントをはためかせて空を作ったでしょ」
「神官は神に選ばれた者です。彼らの言葉は神の言葉です」
「神殿で修行すれば誰でも下級神官になれる。選ばれたりしてないよ」
「修行して神に近づけば、必然と選ばれるのです」
「ふーん」
アンナはシャロンの額の汗を拭った。深く眠っているが、汗はだらだらで呼吸の速度が不安定だ。
「じゃあ今目の前にいるこの子を見てよ。すごくしんどそうだ。それでもまだ、あの飴が毒ではないというの?」
アンナの問いかけに、双子は答えられなかった。
「さて、もうすぐ交代の時間だ。ミアとレースが来たら、もう休みなさい」