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第二章−9

 夜間、シャロンは何度か目を覚まし、その度に薬を飲ませなければならなかったが、朝には落ちついた。レースが用意した黒パンを静かに食べた。
 その後、メディ医師がやって来て、シャロンを診察した。
「症状は良くなりましたね。このままいけば、すぐ元気になれますよ」
「ホントに?」
 シャロンは顔を輝かせた。そばで話を聞いていたアンナや使用人達もほっと胸を撫でおろす。
「ただ、もうしばらくはこの屋敷で療養していただくことになりますが」
「え?」
 シャロンの口がへの字に曲がる。
「私、帰れないの?」
「申し訳ありません、シャロン様。現在、王宮は騒がしく、療養に不向きなのです」
「えー……」
 王宮が恋しいというより、自分の思い通りにならず不満たらたら、という顔だ。
「そういうことであれば、この屋敷で引き続き看病しましょう。シャロン様、あと少しの辛抱ですよ。体調が万全になるまでです」
「やだ」
「お医者様の言葉は聞かないといけません。またぶり返したら大変ですよ? しっかり休めばすぐ帰れます」
「やだ」
 ぶすくれるシャロン。アンナはもう放っておくことにし、部屋を出た。すると、医師も一緒に部屋から出てくる。
「で、本当のところは?」
 アンナは尋ねた。
「嘘は申しておりません。実際まだ帰るには身体が弱っています。それに、王宮へ戻られたら、また神官に飴を食べさせられるかもしれません。そうなったら逆戻りどころか、ますます症状がひどくなるでしょう」
「なるほど。でも、ここにも神官兵がいますよ」
 そう言い、アンナは階段に視線を向ける。階下では双子がアンナの朝食を作っているはずだ。
「ここへ届ける荷物はこちらで監視できます。双子の動向もね。まだ安全です」
「離宮は? 山と海に離宮がありましたよね」
「道中が危険です。盗賊、追い剥ぎ、それを装った神官兵。何が出てくるか分かりません」
「あ、なるほど」
 部屋からシャロンの叫び声が聞こえてくる。声を聞いていると、飴の毒の効果ではなく、単なる普通の癇癪を起こしたらしい。アンナは部屋に戻り、怒りや困惑を通り越し、疲労と虚無の地に到達しているミアとレースを下がらせた。
「気を沈める薬を用意しましょうか?」
「いいですよ。癇癪中に飲んでくれるわけないですから。ああやって放っておくのが一番です」
 アンナは苦笑いを浮かべた。
「さようですか。では、そろそろ失礼します。今度は三日後に参ります。ああ、でもその前に」
 医師は懐から一通の封筒を取りだした。
「こちらをどうぞ。王妃からです」
 上質な羊皮紙に流れるような文字で「夫人へ」と書かれている。裏には赤い封蝋。
「それでは、私はこれで」
 医師が去った後、アンナは自室で封蝋を剥がし、手紙を広げる。
『アンナ様
 シャロンの命を救ったこと、大変感謝します。
 お礼に、週末に開く食事会にご招待します。
 少人数で集まるささやかな食事会ですが、是非ご参加ください。当日の夕方、馬車をそちらへ送ります』
 三回繰り返して読むと、手紙をポケットにしまった。
 王妃ローゼ。お茶会の時、自身と子どもの紹介だけした後は、黙りこくっていた人物。
(まさか、ただご飯を食べて終わりってわけじゃないでしょ。絶対に何かある)
 これをきっかけに、ローゼと良い関係を築くことができたら、とりあえずは安心できる。
 アンナはディーロの部屋へ行き、ドア越しに食事会の話をした。
『それ、大丈夫か?』
「まあ危険がないわけではありませんが。でも、ローゼ様とそれなりに仲良くした方が、この先何かと良いでしょう」
『いや、そうじゃなくて。また髪の色や出身のことをとやかく言われるぞ』
 出てきたメモを見て、アンナから笑みがこぼれる。
「ありがとうございます。大丈夫です。そのお気遣いだけで、何を言われても平気です」
『そうか。気をつけて』
「はい」
 マオがアンナの朝食を持って階段を上がってきた。アンナは軽やかな足取りで自室に戻った。

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