top of page

第三章-2

 秘密のドアの鍵は誰が持っているか?
 シャロンはふーむと顎に手を当てて考える。
 王宮にいた時、シャロンが召使に鍵を開けろと命令すると、召使はどこかへ走っていき、鍵を持ってきた。その鍵でドアや棚を開けていた。また、召使が懐から鍵束を取りだして開けることもあった。
(きっと召使の誰かが持ってるのね。誰が持ってるのかしら……やっぱり、レース?)
 ここにいる人の中では一番年齢が高い。歳が上だと地位も上だ。まあ、上といっても、シャロンよりかは下だが。
 シャロンは洗濯物を干しているレースの後ろを通り、勝手口から屋敷の中に入った。台所ではレースとミアが昼食を作っていて、忙しさのあまりシャロンに気づいていない。シャロンはいそいそと階段へ向かった。
 二階への上り階段の裏側には、地下へ続く下り階段がある。地下には召使の部屋がある。
 泥棒のような足取りで、ゆっくりと階段を下りる。降りた先のドアを指先で押すと、簡単に開いた。隙間から中を覗く。
 ドアの先は細い通路だった。左右に一つずつドアがある。奥は行き止まりだ。壁の、天井に近いところに窓があり、そこから地上の日光が入ってくる。だから地下なのに明るく、ジメジメしていない。
 シャロンは右のドアを開けた。二段ベッド、引き出しがない小さな机、クロゼットがある。クロゼットの中には服が数着入ってるだけだ。服をどかしたり、ポケットの中を探るが、鍵はない。
 次に二段ベッドを探る。王宮のベッドと違って、固い敷き布と古いタオルだけのボロっちいものだ。敷き布とタオルをひっくり返し、ベッドの下の隙間に手を突っこむ。下段も上段も徹底的に調べる。しかし鍵は見つからない。
 そこでシャロンはもしやと思い、机の裏側に回った。机の裏側に隠しているかもしれない。しかし裏はほこりがたまっているだけで何にもなかった。
(ここはハズレね。きっとあっちの部屋にあるんだわ)
 くるりと踵を返すシャロン。
「探し物は見つかりましたか?」
 ドアの前に、いつの間にかレオが立っていた。シャロンの息が止まりそうになる。
「べ、べ、別に何も探してなんかないわよ」
「ではなぜ敷き布を裏返したりベッドの下や机の裏をご覧になっていたので?」
「何でもないわよ! 何かないかなと思っただけ」
 レオの横を足早に通り、シャロンは部屋の外へ出る。そのまま階段へ向かい、地上へ出る。するとタオルを大量に抱えたレースとばったり出くわした。
「あら、シャロン様! なぜ地下にいらしたのですか?」
「別にいいでしょ。私がどこで何してても」
「ご用があれば私共におっしゃってくだされば良いではないですか。何をされていたんですか? 探し物ですか?」
 話が長くなりそうだ。シャロンはすぐさまそこから逃げた。あっちこっちの部屋に出入りしてレースを振り切り、また秘密のドアまで戻ってくる。
(あんなに早く見つかるなんて。油断したわ。次は失敗しないわよ)
 ぐっと拳を握りしめるシャロン。
(作戦を考えなきゃ。どうやって忍びこもうかしら。そういえば、地下室には窓があったわね)
 草をかき分け、屋敷の壁に近づく。地面すれすれの場所に小さな鎧戸がある。内側から開くタイプで、今は開いている。しかし、シャロンが通れる大きさではない。シャロンは窓からの侵入を諦めた。
(こうなったら、倉庫に隠れて、誰がドアを開けるかこの目で確かめるのよ)
 シャロンは倉庫に戻り、足が三本しか無い机の下に潜り込んだ。
……静かだ。薄暗い。机の下の隙間は、意外と居心地が良い。
「──様。シャロン様」
 肩を揺すられる。シャロンは、はっと頭をあげる。ゴツン、と音がして、目の前に星が散る。
「大丈夫ですか?」
 ミアが心配そうに見てくる。シャロンは、頭をさすりながら机の下から這い出た。
「大丈夫よ。平気平気。ミアはどうしてここに?」
 シャロンは期待の目でミアを見る。
(あのドアを開けにきたの?)
 ミアは、メモ帳を見せる。
「仕事が終わりましたので、文字を書いているところを見せに来ました!」
 満面の笑顔を浮かべるミア。
「──ああ、うん。そうだったわね。でも今はいいわ」
「え?」
 シャロンはミアの横を通り過ぎる。
「ちょっと疲れてしまったの。部屋に帰って休むわ。文字を書くところは明日でも良いかしら?」
「分かりました! 大丈夫ですか? 何か悪いものでも食べましたか?」
「いえ、大丈夫。ちょっと疲れてるだけだから」
 できるだけ棒読みにならないよう気をつける。部屋に戻り、疲れたから早々に休むと言って毛布を頭から被った。
 そして、夜。
 シャロンは部屋を出た。何も音がしないのを確認しながら、ゆっくりゆっくり、階段を下りる。台所の勝手口から外に出て、物置へ行く。
(隠しドアは……開いてないわね)
 ドアに触れて確認した後、机の下に潜り込み、頭をぶつけないよう気をつけながら、ドアを監視する。昼寝したから、今度は眠くならない。
 耳を澄ませる。虫の音、ネズミの足音。今ならどんな音でも聴き逃しはしない。
 人の足音がした。
 壁の向こうからだ。
 ドアがかすかに開く。
 妙な格好をした人間が現れた。全身黒尽くめの、暑苦しそうな、ぼったりとした服を着た誰かだ。大きい頭巾を被っていて、顔は分からない。
 魔物使い。その一言が思い浮かんだ。
 魔物使いは、あちこちに服の裾を引っ掛けながら、壁際を歩く。そして、重いものを動かす音とキィッと何かが開く音がしたかと思うと、それっきり足音は止んだ。
 シャロンは机の下から出て、最後に音が聞こえた場所へ向かった。
 隅に置かれていた箱が移動している。そして床には、小さな跳ね上げ戸がある。戸を持ち上げると、簡単に開いた。黒々とした闇がぽっかりと口を開けている。闇の向こうからは足音が聞こえてくる。
 魔物使いと闇への恐怖心と好奇心を、心の中の天秤にかける。あっさりと、好奇心が下へ傾いた。
 シャロンははしごに足をかけ、下に降りた。それほど深い穴ではなく、すぐに足先が地面につく。
 聞こえてくる足音を頼りに、穴の中を進む。
 やがて、前方にうっすらと明かりが見えてきた。明かりの向こうへ消える魔物使いの姿も見える。
 シャロンは早足で出口へ向かった。
 外は、なだらかな丘だった。どこまでも広がる黒々とした丘の影を、銀色の月光が縁取っている。
 魔物使いは、丘にぽつんとある、小さな岩に腰掛けた。そのまま動かない。
(何をしてるのかしら?)
 全然見えない。しかし、これ以上近づいたらバレてしまう。シャロンは出口から魔物使いを観察した。
(それにしてもあれは誰? 屋敷の中の誰かよね)
 色々な顔が思い浮かぶが、全然分からない。アンナだと思えばそう見えるし、ミアにもレースにもヨールにも、見える。
 月が西へ傾き始めた頃。魔物使いは立ち上がった。帰るつもりらしい。シャロンは慌てて元来た道を戻る。梯子を登り、机の下に潜り込んだと同時に、魔物使いも物置に帰ってくる。跳ね上げ戸と箱を元の位置に戻した後、隠し扉を開け、中へ入った。
(次は、あの隠し扉を探らないと)
 新たな決意を胸に抱き、シャロンは物置の出口を向かう。その時、ドアの前に誰か立っていることに気がついた。
「おかえりなさいませ、シャロン様」
 ヨールだった。
「た、ただいま」
「屋敷の中でアンナ様がお待ちです」
 ヨールの声は優しい。これが昼間だったら別に何も思わないが、今はなんだかとても怖い。
「眠いんだけど」
「アンナ様とお話ししてくだされば、すぐに眠れます。さあ、こちらへ」
 シャロンはうげえ、と顔をしかめた。

_i_icon_12248_icon_122480_256.png
_i_icon_12249_icon_122490_256.png
bottom of page