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第三章-3

 シャロンはアンナの部屋へ連れていかれた。ヨールがダオをノックし、少し待つと「どうぞ」と返事があった。
「失礼します。シャロン様をお連れしました」
 アンナは灰色のシュミーズを着て、椅子に座っていた。近くには短くなったろうそくが一本、灯っている。
「おかえりなさい、シャロン様」
 アンナはいつも通りだった。静かに、じっとこちらを見ている。
「全く、やってくれましたね。外に続く隠し扉を知っているなんて」
 大きなため息をつくアンナ。
「ヨール、明日は一日中シャロン様のそばについて」
 つまり監視だ。シャロンは口を尖らせる。
「なんでよ! 私がどこへ行こうと勝手でしょ! 私が見つけたんだから!」
「神官に毒を盛られたことを忘れましたか? 誰にも言わずに外に出て、一生屋敷に帰って来られなかったかもしれないんですよ!」
 アンナは大きな声こそ出さないが、人を鞭打つような、厳しい口調でそう言った。
「それに神官以外にも、外は追い剥ぎや盗賊やゴロつきがたくさんいます。服と髪を剥ぎ取られて、川底に捨てられる子どもが何人いることか」
「はいはい」
「嘘だと思うならミアに聞いてください。彼女が色々教えてくれますよ」
 のほほんとしたミアの顔が思い浮かぶ。彼女が追い剥ぎとかいうのを知っているとは思えない。でももし「追い剥ぎって何?」と尋ねたら、笑顔でとても怖いことを言いそうな気もする。
 シャロンはブルリと身震いし、笑顔のミアを心の中から追い払った。
「でも、でも、私だけじゃないわ。黒い頭巾を被った奴も外に出てたわよ!」
「黒い頭巾?」
「そうよ。壁の隠し扉から出てきて、床の隠し扉に消えたのよ。それで、また壁の向こうに戻っていったわ」
 アンナはヨールの方を見た。
「はい。壁の一部が突然開き、誰かが壁の中へ入っていきました」
「……朝になって、明るくなったら探しましょう。もう夜も遅いです。お休みになってください」
 そう言われて初めて、シャロンは足が鉛のように重いことに気がついた。口から大きなあくびが出る。ヨールに付き添われて、シャロンは部屋を出て、自分の部屋へいく。王宮より狭く、粗末なベッドだ。しかし今は、この世のどんなベッドよりふかふかに見える。寝転がると、あっという間に眠りに落ちた。
 ヨールは寝息を立て始めたシャロンに毛布をかけた。そして静かに部屋を出て、アンナの元へ戻る。
「お休みになりましたよ」
「そう。ところで、さっきあの子が言ってた『黒ずくめの男』、あなたは見たの?」
「姿は見えましたが、はっきりとは分かりませんでした」
 夜中、アンナはヨールに起こされた。
 彼曰く、トイレに行こうと起きたら、物置に消えていくシャロンを見つけた。物置に入ると彼女はおらず、代わりに見たことがない跳ね上げ戸を見つけた、と。
 それで、アンナは後を追うよう命じたのである。
「どんな奴だった?」
「シャロン様に気がついている様子はありませんでした。シャロン様が出口に立っていらしたので、黒頭巾の様子を伺うことはできませんでした」
「使用人達は寝ているんだよね?」
「はい」
 ヨール以外の使用人が全員寝ているとなると、黒頭巾の正体はほぼ決まりだ。
「分かった。一応、夜の見回りだけお願い」
「かしこまりました」
 ヨールがいなくなると、アンナは大きなため息をつき、ろうそくの火を消した。暗闇の中、ベッドに横たわる。しかし、目を閉じてもちっとも眠れず静かに考えていた。
 翌朝。マオが朝食を置いていった後、アンナは起きあがった。ドレッサーの前に腰掛け、昨夜のことを思いだしながら、ディーロに向けて手紙を書く。
『殿下
 昨夜、屋敷の隠し扉から外へ出ていかれるところを、シャロン様と衛兵のヨールが目撃いたしました』
 アンナの口からあくびが出る。夜更かしのせいだ。
『私は貴方が部屋を出られていることに安心しております。外を自由に歩くことができるほど、貴方が元気でいらっしゃると分かったからです。しかし同時に、護衛をつけずに出歩かれていることを心配もしております。
 殿下、貴方がどこで何をされているか、私に教えていただけませんか。夕方、お返事を伺いに参ります。アンナ』
 アンナは便箋をたたむと、封筒に入れた。廊下に誰もいないかどうか確かめると、ディーロの部屋の前へ行き、ドア下から封筒をすべりこませた。
 夕方。書いた通り、アンナは返事を取りにいった。ドアをノックし名乗ると、すぐに手紙が出てきた。部屋に持ち帰り、中身を取りだした。
『貴女には、いくつか伝えないといけないことがある。しかし、ここでは無理だ。
 食事会の夜、物置の跳ね上げ戸の先で待っている。くれぐれも双子に気づかれないように。双子は間者だ。僕と君達の一挙手一投足を監視し、首を刎ねる口実を探している。この手紙は読んだら燃やしてくれ。

追伸 殿下とか様とかつけなくていい。僕は、そう呼ばれていい人間じゃない』
 追伸通り、アンナは台所で手紙をかまどの火に放りこんだ。

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