第三章-5
アンナは自分の耳を疑った。
(暗殺?)
目を白黒させていると、他の夫人が冷静に話す。
「アンナ様もこの計画にご参加してくださるのですか」
「はい。彼女もまた、この国の現状を憂いています」
(それは確かにそうだけど、暗殺なんか聞いてない!)
アンナは本音をどうにか抑え、すました顔をする。
「そうですか。是非よろしくお願いします」
夫人がにこやかな顔で言った。アンナはどうにか「こちらこそ」と冷静に返す。
「以前おっしゃっていた件については、手配しました。料理人は私の信頼のおける人間を配置しています」
「ありがとうございます」
「こちらは当日の地図です」
別の婦人が羊皮紙を一枚テーブルに置く。
「ありがとうございます。皆さんで見てみましょう」
広げられたそれは、どこかの会場のようだ。大きなテーブルと、何かの舞台。そこに、食べ物の位置や客人の座る場所、兵士の位置が書かれている。
(一体王妃は何を考えてるんだろう。私なんかを巻き込んで、どうさせる気?)
アンナが考える間も、会議は進む。じっと聞いていると、どうやら、夏至の日に行われる神殿の祭りで暗殺を決行する計画のようだ。
「兵士の配置はこの舞台の影と、東の入り口の前におきましょう」
「儀式が始まり次第、全ての門を閉鎖します」
「エディル辺境伯が西の扉に座られるそうです。逃げ出そうとする者を始末してくださるでしょう」
「それは心強いですね」
(ん?)
アンナは首を捻った。
「神殿の神官も食事会に参加されるとお返事がありました」
「では、最前列の右に席をとりましょう。二階に弓兵を置き、護衛の神官兵を射殺させます」
アンナの頬を冷たい汗が伝う。
(いや、これ、虐殺だ。王を暗殺して、目撃者も口封じする気なんだ)
「アンナ様はどう思いますか?」
夫人の一人が尋ねた。
「ええ、良いと思いますよ」
アンナは当たり障りのない返事をする。下手なことを言ったらアンナも死ぬ。
「アンナさんには、神殿の注意を引いていただきます」
「ええ……え?」
「神殿は今、貴女に注目しています。このまま、彼らの目をひきつけていてください。私達はその間に兵力などを集めます」
淡々とローゼは言う。
(要するに、おとりをやれって?)
アンナの眉が引きつる。
「是非お願いしますね」
王妃から命令が下る。絶対に逆らえない。
「……はい」
その後も、計画の細かい話し合いは続き、終わった。部屋を出ると、階下から騒がしい。他の部屋でやっている宴会もちょうど終わったらしい。王宮の使用人に案内され、階下に降りると、マオが待っていた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
マオを後ろに従え、玄関へ向かう。だがその時、
「アンナさん!」
背後から名前を呼びかけられる。振り返ると、マイトが立っている。白のジャケットとズボンという、シンプルな出立ちだ。
「いらっしゃったんですね。全然気付きませんでした」
「ええ、まあ」
アンナは曖昧に頷く。
「お会いできて嬉しいです、アンナさん」
マイトは彼女の手を取る。
「今夜は是非我が家にいらっしゃいませんか?」
周りの人間が二人を見てヒソヒソと小声で何か喋る。きっとこの様子は瞬く間に王宮に広がるだろう。
マイトが顔を近づける。
「この国の未来についてお話ししたいのです」
アンナはじっと彼の目を見つめる。
(この人は虐殺の計画を知ってるんだろうか。あの部屋ではマイトの名前は一切出てこなかったけど……計画のことを話したらまずいよね。そもそも、屋敷から出たら王家に怒られそう。ああでも、おとりを演じるという意味なら、別に問題はないのかな)
その時、アンナの脳裏にレース、ミア、ヨールの顔が浮かぶ。そしてディーロの手紙も。
(王妃の計画、というかおとりが失敗して亡命の必要が出てきた時、彼の協力が必要になるかも)
アンナは微笑みを作る。
「ええ、是非」
「嬉しいです。では、早速行きましょう」
マイトはアンナの手を取り、ずんずんと廊下を進む。そのまま、王宮の勝手口から外へ出る。
「奥方様、どちらへ」
マオが追いかけてくるが、その前にマイトがアンナを馬車へ乗り込ませた。
「悪いね。真夜中には、そちらのお屋敷まで送り届けるから」
マイトはさわやかな声でそういうと、御者に命じて馬車を出させた。
マオはぽつんと一人、走り去る馬車を見つめていた。