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第四章-2

 マオとレオの仕事は、三つある。
 一つ目は、召使いになり、監視対象のディーロ王子に食事を持っていくこと。
 二つ目は、監視対象を屋敷から決して出さないこと。可能な限り王の視界から遠ざけることだ。ただ、これは意図的に監視に隙を作っておく必要がある。それは、もう一つの仕事をやるためである。
 三つ目は、彼がその圧力から逃れようと、部屋や屋敷から出るなどした場合、マオ達は彼の部屋を探る。または彼の動きを密かに追う。そして違法な行為、例えば禁書の所持などを発見した場合、上位の神官に報告する。
「お嬢さん、着いたよ」
 マオは寝ているふりをやめ、目を開いた。
 そこは王都の大神殿の前。彼女は荷馬車の荷台で、小麦と野菜の隙間に座っていた。今朝、王都へ続く道を歩いている時、偶然通りかかった荷馬車だ。荷馬車の主人と交渉し、マオは少額のお金と引き換えに乗せてもらったのだ。荷台から降りると、荷馬車は市場の方へ走っていった。
 マオは胸元の、らせんの紋章のペンダントを握りしめると、大神殿へ向かった。神殿は白を基調とした、いにしえの時代を感じさせる壮麗な作りだ。ここは昼の神、シラ神の大神殿である。反対側には夜の神の神殿もある。
 大神殿の中は厳粛な空気に包まれている。多くの巡礼者がシラ神と昼の精霊の像の前にひざまずき、祈りを捧げている。マオも彼らにならう。
(神よ。弱い私を許してください。そしてどうか力をお貸しください)
 彼女の脳裏に浮かぶのは、アンナの詭弁に反論できない自分の情けない姿だ。メヤキの毒についての話……マオはきちんと反論できなかった。
(メヤキに毒があるからって、そんな訳ないでしょ。神を信じていないから目が潰れるんだ)
 遅すぎる反論が次々と出てくる。しかし一方で、過去の記憶も蘇る。
 日の光に出た途端、両目に走る激痛。神官兵の誰もが苦しむ謎の痛み。そして失明した同僚たち。彼らは決して信仰の弱い人間ではなかった。神の剣となるべく、共に修行をつんだ者たちだ。しかし失明してしまった。
(みんな、いつの間にかいなくなった。どこへ行ったのだろう?)
 マオは考えることはあっても、追求することはしなかった。してはいけないと、考えていたからだ。
 ギリギリと歯を食いしばる。
(神々よ、どうか私とレオをお導きください)
 レオの分も忘れない。そのまま、彼女は祈り続ける。
 九時を告げる鐘が鳴った。
 マオは像の前から立ちあがり、祈りの場の端にある階段へ行った。階段の前には顔見知りの神官兵が立っている。マオを見ると、左右に退き道をあけた。
 階段を一歩上るたび、背後の明かりは遠ざかり、あたりは暗くなる。必要最小限の蝋燭しか灯されていない。本当に暗い中、慣れた足取りでマオは目的の部屋へ歩く。
(部屋が薄暗いのは、僅かな光でも眩しく感じるから? 神官もメヤキの汁を飲んでいるし……いやいや、そんなことはないんだ)
 マオは慌ててその不信心な考えを振り払った。
 指定された部屋へ入る。強い香の臭いがつんと鼻をつく。
 神官が二人、机の向こうに座っている。一人は女性で、ゆったりと腰掛けている。もう一人は男性で、彼女から少し離れた位置に座っている。彼の前には筆記用具。
(もしかして、目が悪いから書記官がついているの?)
 また、不信心な考えが胸をよぎる。そんなことを考える自分を恥じる。
「報告を頼む」
 マオは息を整え、仕事に集中する。
「アンナは夜会の後、マイトの馬車に乗りました。馬で跡をつけたところ、フレデリック・ロベールの城でした。夜遅くに裏口から帰ってきて、屋敷に帰りました」
「ロベール城でマイトと何の話をしていた?」
「分かりません。彼の屋敷の警備は厳重で、中に入ることは困難です」
「丘にいた人間は誰だ?」
「分かりません。あの場所は見晴らしがよく、近づくとすぐに見つかってしまいます。それにその人物は黒ずくめでしたので」
 深々と神官はため息をつく。
「何も分かってないじゃないか」
「申し訳ございません」
「はあ、全く。あのな、最近、妙な噂がある」
「何でしょうか」
「アンナがティルクスと秘密裏に連絡をとり、邪悪な本を取り寄せているらしい。どうだ、そんな様子はあったか?」
 マオは今までのアンナの行動を思い返す。
「マイトが屋敷に来たことがあります。玄関先で花の種や苗を渡していました。その他にはメディ医師。定期的にシャロンを診察しています。それ以外に変わったことはありません」
「奴の正体を突き止めろ。そしてこれからはより注意深く、奴らを見張れ。レオにもそう伝えろ」
「かしこまりました」
 マオは恭しく一礼した。

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