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第五章-5

 マオ以外の人間も、神官兵の存在に気づいた。
「どうする?」
「逃げるぞ」
「いや隠れるんだ!」
 てんでばらばらに隠れる。マオも茂みの裏側に隠れた。右手にナイフを構える。
(神官殺し、か。今から最も大きな罪を犯すわけか。これじゃあ、本当に不信心な反逆者になってしまう……だけど……まだ死にたくない……)
 マオは意識を研ぎ澄ませる。いつでも飛び出し、相手の喉笛を切れるように。
「お、おい、どうしたんだ?」
 芸人達が困惑している所に、神官兵がやってくる。
 相手は十人。全員、馬に乗っている。
「お前達、八人組の盗賊を見なかったか。武装していて、二人の女がいる。一人は若い女で、一人は老女だ」
 集団のリーダーらしき神官兵が、馬上から芸人を見下ろす。
「いやあ、そんな奴は見てないですねえ」
 団長は言った。
(え?)
 マオは自分の耳を疑った。
「本当か?」
「ええ。そんな目立つ集団がいたら忘れませんよ。でも、見てませんねえ」
 男は笑顔で言った。嘘をついているようには、とても見えない。
「……そうか。では、馬車の中を見せてもらおうか」
「構いませんが、何もありませんよ」
 数人の神官兵が馬から降り、幌馬車の中に入っていく。程なくして、出てきた。
「いません」
 若い神官兵がリーダーに報告する。
「そうか。ならば、行こう。もしも怪しい人物を見かけたら、すぐに最寄りの神殿に報告するように」
「はい、分かりました。そうしますとも」
 神官兵は走り去っていった。
 蹄の音が聞こえなくなると、マオ達はそろそろと茂みから出た。
「何でって顔をしていますね」
 団長は、一片の曇りもない笑みを浮かべる。
「我々は、同志です。あなた方の味方ですよ」
「同志?」
 警備兵が聞き返す。
「はい。特に最近、『神官に追われている伝令がいたら、保護しろ』と言われまして。ここで出会えて本当によかったです」
「……そうか。助かった」
「ささ、馬車にお乗りください。北まで一緒に行きましょう」
 一行は幌馬車に戻った。馬が走りだす。
 マオ達は互いに顔を見合わせた。誰も、団長の言う『同志』を知らないようだ。
(神官に歯向かう集団がいる? どういうことだ? 何が目的だ?)
 聞きたいことはあるが、尋ねて、相手に不信感を抱かせるわけにもいかない。マオは黙りこくっていた。
「主人から、私達を守ってくれる人がいる、という話を聞いていました。あなた方のことだったのですね」
 レースが言った。それが嘘か本当か、マオには確かめる術はない。
 踊り子は笑顔で頷く。
「ええ、そうよ。ここ数年、神官は私達を殺したくてたまらないみたいなの。それに、あなた方のようなワケアリさんも増えてきてる。助けあわないと、生きていけないわ」
「どこかの町で普通に暮らすことは考えないんですか?」
 マオは尋ねた。視線が一気に集まる。
「そうすれば、神官に目をつけられずに済みますよ」
「どこかに住む人もいるわ。誰かと結婚したりしてね。でも、私達にその予定はないわね。この生活が気に入ってるから。それに、どこかの村に住んだからって、神官に捕まらないなんてことはないでしょう? 別の難癖をつけてやってくるわよ」
「……それもそうですね。失礼なことを聞きました」
 マオは目を伏せる。
(実際、自分がそうなってるからね)
 夕暮れ時、幌馬車は小川の横で停まった。今日はここで寝るのだ。
 焚き火を作り、スープを飲む。
「今日はどの順で番をする?」
「くじ引き順でいいんじゃねえか?」
 警備兵達の会話を小耳に挟みながら、マオはスープの表面に映る、自分の歪んだ顔を見つめる。
 その顔越しに、数年前、マオが取り締まった人々を思いだす。彼らは大抵神々を侮辱する言葉を吐いたものだ。一方で、話を聞いてほしい、子どもを見逃して欲しい、と懇願する者や、何もしていないと泣き叫ぶ者もいた。いずれにせよ、捕まった後の末路は、どの人間も悲惨だった。
(彼らの話を聞いても、良かったのかもしれない)
 隣にいた大男が話しかけてくる。
「おい、嬢ちゃん、どうした? 元気ないな」
「いえ、そんなことは」
「そうか。じゃあさっさと飲め。旅路は厳しいぞ」
「そうですね」
「もしかして、神官に追われているのが心配か?」
「ええ、まあ」
「あいつらは本当に怖えーからな。でも心配しすぎるのも心によくねえぞ。あーほら、昼間も誰かが言ってたろ、助け合いだって。大丈夫、大丈夫、生きてりゃ何とかなるさ」
 励まそうと、気楽な声でそう言う大男。マオは微笑を浮かべると、スープを腹の中に流しこんだ。

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