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第五章-6

 夜は何事もなく過ぎた。
 警備兵が交代で見張りについたが、神官兵も追い剥ぎも野犬も来なかった。朝になり、手早く朝食を済ませると、一行を乗せた幌馬車は出発する。
 今日の天気は曇りだ。雨が降りそうな臭いがする。
 マオは、ハリボテの家具と支柱の間に座った。大道具に埋もれるような格好だ。
「今までどこを旅してきたんですか?」
「そりゃあもう、あちこちだな」
 大男が言った。
「俺が小さい頃はイカリ連山やパルフィアに行ったな。ここ数年はエレアで巡業しているが、数年前は南方連合にいたぞ」
 南方連合、という単語に、マオの耳がピクッと動く。南方連合の大学は、要注意人物のマイトが通っている所だ。
(この芸人達、マイト達の仲間か? 彼なら、神殿に歯向かう組織を育てていたとしても、おかしくない)
 雨が降りだした。幌の天井を、雨粒が叩く。ぬかるんでいく道に、馬の蹄と車輪の跡がつく。
 一度休憩を挟もうと、馬車が停まった。馬が草を食む間、人間の方も軽食を取る。深皿に山羊の乳を注ぎ、別の皿に木の実や干し肉、パンを並べる。各々が好きなものを取る方式だ。
「南方連合はどんな所なんですか?」
 マオは木の実を噛み砕きながら、それとなく探りを入れる。
「ここよりもよく雨が降る地域だな。年中降ってる感じがする。日差しも強いしな。魚がうまくて、毎日食ってた」
「色んな地域から来た人が集まってたわ。港町の市場なんか、もう混沌を絵に描いたみたいだったわ。流れ者にも優しかった」
「ゲームはイカサマばっかりだったがな」
「それはあんたの腕が悪いだけだよ」
 マイトや『同志』に繋がりそうな話はない。
「南方連合といえば、マイト王子が留学されていました」
 警備兵の一人が、さも今思いだしたかのような顔で言う。
「そうなの?」
 踊り子が聞き返した。その声に、マオはわずかな違和感を覚えた。訓練された人間だけが聞き分けられる、嘘をついた時の声だ。
「ええ、そうですよ。この間、王宮にお帰りになられていました。王子はよく変装して町を散歩されますから、南方連合でもそうしていらしたかもしれません。お会いしていたかもしれませんね」
「いやいや、私達が会ってるわけないですよ」
 マオは確信した。彼女は嘘をついている。巧妙に声音を作り、本心から返答しているように演技している。
(ということは、芸人達に私達を守るよう頼んだのは、マイトということか。だけど、何故? マイトはよくアンナを訪ねて屋敷に来た。アンナが彼に頼んだのか……はあ、頭が痛くなってきた)
 マオは考えるのをやめ、山羊の乳を一気飲みした。
 休憩が終わると、馬車が再び走り出す。日が傾く頃には雨もやんだ。
「着きましたよ、みなさん」
 御者台の団長が振り返って笑う。マオ達は馬車から出た。丘の頂上から、北の国境が見渡せる。
 真っ先に目を引くのは、夕日を浴びて金色に輝く、大河。見ていると目が痛くなる。
 川岸には、町が広がっている。川と並行に建物が並び、道路を荷馬車が走っていく様子が見える。かなり混雑しているようだ。
 町の丘側には、城壁がある。城壁の入り口には神官兵の詰所がある。神殿の旗がなびき、甲冑を着た騎馬塀が目を光らせている。
「この警備を潜り抜けるのは、大変そうですね」
 ヨールがため息混じりに呟く。すると、団長はニヤリと笑った。
「いえ、大丈夫ですよ。抜け道がありますから」
「抜け道?」
「ええ。夜中まで待ちましょう」
 一行は、仮眠を取った。
 そして夜中になると、二手に別れる。一方は馬車を操り、翌日普通のルートで国境の町に入る。もう一グループ──マオ達がいるグループは、馬車を降り、徒歩で移動し始めた。

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