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第五章-7

 夜の闇の中、団長を先頭に、マオ達は歩く。古い柵に沿って、丘を下る。明かりは頭上に広がる星明かりだけだ。
 丘を下りきった先で、団長は足を止めた。暗闇に向かって呼びかける。すると、道端に生えた木の影から、すっと誰かが出てきた。
「十一人だ。町へ通してくれ」
 男は、ついてこい、と言うと、背を向けて歩いていく。
 進むにつれ、空気に何か、腐った臭いが混じる。
(ゴミ捨て場か?)
 大きな町の外れには、ゴミ捨て場が作られる。生ゴミや汚物、動物の死骸の溜まり場になり、やがてそこに貧民が集まり、新たな町になる。王都エシューの西地区が、そうだった。
 暗闇に慣れた目に、緑の丘とは全く異なる、黒々とした山がうつる。ゴミに死骸、その他、明るい光の下では見たくもない、様々なものが渾然一体となって、小さな山を築いている。
 よく見ると、人もいる。ゴミ山の暗がりにうずくまり、こちらをじっと見ている。
 案内人に待てと言われ、一行はその場にとどまった。案内人は一人だけ先に進むと、すぐに帰ってきた。
「次に町の連中がゴミを捨てに来るまで、ここで待て」
「それってどれくらいになるんです? 朝ですか?」
 レースが尋ねた。
「いや、そこまで待つ必要はない。あの星が南西に近づく頃だ」
 ゴミ山のそばに座り、じっと時間が経つのを待つ。蒸し暑く、虫の羽音がうるさい。マオは、この先の道のりが平和であるよう、神々に祈った。
 時間だ、と案内人が告げろ。立ち上がり、ゴミ山を歩く。
 前方に明かりが見えてきた。ゴミの収集車だ。大きな荷車が一つ、それを引く人間が二人。
「その荷車に乗れ。早く」
 有無を言わさぬ勢いで案内人に急かされ、荷車に乗せられる。酷い臭いに、うめき声をあげそうになる。
 全員が座ると、案内人は、彼らの上に布を被せた。ここで案内人とはお別れだ。
 荷車が動きだす。外の様子は分からない。音だけが頼りだ。
 ぬかるんだ道を走る音が聞こえる。しばらくすると、石畳を走る固い音に変わった。右に左に曲がり、やがて、止まった。
 頭上の布が取りはらわれる。ランプの光が、目をくらませる。
 そこは、町の中だった。丘の上から眺めた、年季の入った石造の住宅が、押し合いへし合い並んでいる。
 荷車の運転手が、ボロボロの家のドアをノックした。すぐに開き、女が出てきた。
「入って」
 言われるがまま、一行はドアの中に入る。そこは小部屋だった。桶と布、水が用意されている。
「とりあえず、まずはこれで身体を拭いて。それでこれを着て」
 女は全員に布を手渡し、別のドアを指さした。全員、喜んで言う通りにした。身体を綺麗にしたくて、たまらなかった。
 時間をかけて身体を丁寧に拭き、新しい服を着ると、女は奥の部屋へつれていった。粗末な枕と毛布が、いくつか置いてあった。
「ここで少し休むといい。日が昇ったら出ていってもらうよ」
 そして、バタンとドアを閉めた。部屋は真っ暗になった。
 言いたいこと、聞きたいこと、話しあいたいことは山ほどあった。しかし、あまりにも疲れていた。床に倒れこみ、眠ってしまった。
 翌朝、一行は女に叩き起こされた。渋々起きあがり、身支度をして、宿屋を出る。
 朝の町は活気づいていた。船乗り達が朝食を食べたり、荷物を運んでいる。神官兵もいるが、これほど混んでいれば、そう気づかれることはない。立ち並ぶ屋台では、魚や果物などの食べ物、地図や衣類などの日用品など、様々なものが売っている。マオは馬宿を脱出する際になくした、いくつかの旅道具を買った。
 屋台で魚のスープを買い、ベンチに座って飲んだ。
「向こうの広場で、他の団員と落ち合う予定です。行きましょうか」
 荷車が行き交う通りを歩く。
「ああいう抜け道は、よく使っているんですか?」
 マオは尋ねた。
「ええ。ワケアリの人を乗せる時にね。快適な道のりとは言えませんが、今まで捕まったことはありませんよ」
 広場にやって来た。人だかりができている。芸人達が寸劇を披露しているのだ。
「ここまでありがとうございました」
 レースは微笑みを浮かべ、そう言った。
「いえいえ、お礼を言われるほどのことではありません。我々は同志なんですからね。私達はしばらくの間、この町にいますから、何かありましたら、また訪ねてきてください」
 そこで、大道芸人とマオ達は別れた。
「で、どうするんだ、これから」
「川を渡るんだったな。おい、どうやって行くんだ?」
 別の警備兵が、マオを睨んだ。
「まずは警備の状況を掴む。私達が逃げまわってることは向こうも知ってるから、警備が厳しくなっているはずだ。そこをどうにかかいくぐって、ティルクス行きの船に乗る」
「どうにかって、どうやるんだ?」
「とりあえず港へ行こう。偵察だ」
 薄暗い路地裏に入る。泥酔した人間やいびきをかいて眠り、野良犬、野良猫がたむろしている。下手に刺激しないよう注意しつつ、時には遠回りし、港の方向へ行く。
「着いた」
 マオは足を止めた。
 たくさんの船が岸に止まっている。川と陸を行き交う荷物。飛び交う船乗りの声。
「おい、小麦を乗せる船は?」
「それはそっちじゃねえぞ!」
「昨日河賊が出たらしいぞ」
「何だって? 神官兵は何をやってるんだ?」
 彼らに混じり、静かに船乗りのおしゃべりを聞く神官兵。商船から離れた場所には、神殿が保有する船がある。
 マオは遠くに目をやる。かすんではっきりとは分からないが、ティルクス軍の船に見える。
 手元の地図を見る。川の半分あたりで国境線が引かれている。国境の付近に小島があり、そこが良い目印だ。この小島より向こう側は、ティルクス領なのだ。
 服を着替え、日雇い仕事を探している少年に変装すると、マオは港へ向かった。通路や建物の位置を覚える。
(本当は、もっと何日も時間をかけて偵察したいけど、そんな余裕はない。今日中に向こうへ行かないと)
 マオは計画を練っていった。

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