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第六章-2

 足音が近づいてくる。
 壁際に座っていたレオは、目線だけを鉄格子の先に向けた。看守の交代の時間らしい。巡回している神官兵が、地上へ繋がる出口のドアへ向かっている。
 歩いている神官兵には、見覚えがある者もいる。かつて一緒に働いていた。しかし、今はレオに対して見向きもしない。
 神官兵が全員出ていった。広い地下室に、罪人だけが残される。彼らの囁き声が、あちらこちらから聞こえてくる。
「レオさん」
 ミアが話しかけてきた。彼女は、レオの真向かいの壁に座っていた。二人は地下室の片隅にある小さな牢にいれられていた。
「どうにかして逃げられませんか?」
 レオは答えない。彼も同じことをずっと考えている。今すぐここを出て、マオを探しに行きたい。
 だが、牢のドアは頑丈だ。鍵を壊すのは難しい。仮に壊せたとしても、地上には神官兵が大勢いる。レオはまだ、地上階の巡回ルートを覚えていた。覚えているからこそ、彼らの目を掻い潜るのは不可能だと分かる。
(よしんば脱出できたとしても、その先はどうなる? もし、マオがもう……)
 うつむくレオの元に、ミアが近づく。
「出ましょう、レオさん。アンナ様を助けて、ここから逃げないと」
「ミア、気持ちは分かるが、ここから出るのは──」
 その時、出口のドアが開き、神官兵と新しい罪人が入ってきた。ボロボロの服を着た女だ。神官兵は二つ隣の牢屋を開けると、女を入れた。そして神官兵は出ていった。
 地下室はまた罪人だけの空間になる。
「おい、名前はなんだ? 何をやらかした?」
 壁際に座っている男が女に話しかける。
「ここにミアとレオっていう人はいる?」
 女は問いかけを無視し、声を張りあげた。罪人の視線が、一斉にレオとミアに向けられる。
「はい、います。私がミアです!」
 ミアは鉄格子に駆け寄った。
「レオは? いる?」
「います!」
「そう」
 それっきり、彼女は口を閉ざした。ミアが呼びかけても、何も言わない。
 どれくらい時間が経っただろうか。遠くから微かに、鐘の音が聞こえてきた。神官兵の交代の合図だ。
 二つ隣の牢屋で、鉄格子のドアが開く音がした。猫のようなしなやかな足取りで、女がやって来る。
「髪の黒い召使い……あんたがミアね? そっちの男は知ってる。レオ、久しぶり。あんた達を逃すよう頼まれたの」
 そう言って、彼女はレオ達がいる牢の鍵に何か細工を始める。
(久しぶり?)
 レオはまじまじと彼女の顔を見た。
「……リーラ?」
「ええ、リーラよ。覚えてくれていたのね」
 以前、マオが西の貧民街で再会した、訓練時代の同僚だ。
「どうして助けてくれるんだ? それにどうやって牢のドアを開けたんだ?」
「マイト様の指示よ。あなた達を助けるようにって」
 マイト。アンナをやたら気にかける変人王子だ。
「何でマイトが助けてくれるんだ?」
「さあね。とにかく、私はあなた達をここから出さないといけないの」
 牢屋の鍵が開く。
「行きましょう。時間は無い。革命はすぐそこまで近づいているわ。アンナ様の使いが、国境を超えてティルクスに渡ったらしいし」
「え? マオが? マオがティルクスに行ったのか?」
 レオはリーラに詰め寄った。
「らしいわね」
 レオとミアは顔を見合わせた。
「アンナ様を助けましょう」
「ああ」
 出口の方から神官兵の足音が聞こえてくる。リーラは「じゃあ、また」と言って、元の牢屋に戻った。戻った瞬間に神官兵が入ってきて、牢の巡回を始める。この様子を他の罪人達も見ていたはずだが、何も言わなかった。
 レオは牢屋の隅に座った。膝を抱えて目を閉じ、眠っているふりをする。
(ここを出て、マオに会おう。マオに会ったら、どこか遠くへ逃げよう)
 巡回ルートと地上階の構造を思いだす。一分の隙間も無い監視だが、探せば──懸命に探せば、隙が見つかるかもしれない。
 いや、見つけなければならない。

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