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第六章-3

 地下牢の監視は三交代制だ。朝から昼過ぎ、昼過ぎから夜の祈りの鐘が鳴る頃、そして鐘が鳴った時から朝まで。五人編成の三つの班が、持ち回りで監視する。先程リーラがレオ達の牢に入ってきた時が、ちょうど交代の時間だった。
 五人のうち三人は地下室の通路を巡回する。コツコツと硬い足音を立てながら「馬鹿な真似はするなよ」という目で罪人を睨みつける。
 レオの隣にはミアがいる。天井を見たり、巡回する神官兵を見たりと落ち着きがない。何か言いたそうな目でレオを見つめる時もある。
 レオはミアの方を見ず、静かに次の交代の時を待つ。窓が無いため、時間がどれほど経過しているか分からない。しかし、レオは待つことが得意だ。膝を抱えて待つ。待つ間、考える。
(一応、出る方法は思いついた。成功するかは分からんけども。でも、リーラともう一度話さないとな。向こうも何かしらの作戦があるんだろうし)
 つらつらと考えていると、新たな神官兵がやってきた。リーラのいる牢へやって来る。
「リディ。釈放だ」
 感情のない声で神官兵が言うと、牢の鍵を開け、リーラを連れ出す。リディというのは彼女の偽名なのだろう。
(保釈金を支払ったのか? 誰が? マイトか?)
 ここから出るためには、平民にはとても払えない額の保釈金を出す必要がある。
 リーラは神官兵と共に地下室から出ていった。
「レオさん……リーラさんが」
 ミアが話しかけてくるのを、レオは「しっ」と静止する。
「何も見ていないふりをしてろ」
 リーラが出ていってから少し経つと、一人の神官兵が入ってきた。黒い長衣を身にまとい、顔は見えない。
 新しい神官兵の姿に、巡回の兵士らは眉をあげる。
「何だ?」
「退魔師から、レオとミアを連れてくるようにと命じられました。二人には魔物がとり憑いているらしく、魔物祓いをするそうです」
 しわがれた声でそう言って、神官兵は一枚の紙を見せた。それを見た兵士は、「うむ」と頷くと引き下がり、巡回に戻る。
 神官兵はレオ達の牢のドアを開けた。ミアがびくっと肩をふるわせる。
「出てきなさい」
 二人は大人しく立ち上がった。無言で神官兵の後をついていく。コツコツ、という耳障りな足音が天井で反響する。
 レオの前を歩くミアは、足取りがおかしい。怖いのだろう、とレオは想像した。魔物祓いは肉体を痛めつけて魔物を追いだす儀式が有名だ。ミアは自分が水責めされたり逆さ吊りにされる様子をまざまざと想像してしまっているのだろう。
 実際のところは、魔物祓いには様々な方法があり、力技で追い出す方法を取ることは少ない。そもそも、近年は魔物憑きは問答無用で処刑するため、魔物祓いをすること自体が珍しい。
 神官兵はレオ達を連れ、地上への階段を登る。長い廊下を歩くと、中庭に出た。外は夜だ。星が輝いている。夏の夜の風がレオの前髪を揺らした。
 神官兵はまっすぐ倉庫へ向かった。経典や儀式で使う道具をしまってある場所だ。
 表の門には見張りが立っている。神官兵は裏にまわり、隠し戸を開ける。レオ達が中に入り、戸が閉まると、明かりが灯る。
 神官兵が燭台を持って立っている。周りには儀礼用の鎧や旗、戦車が並んでいる。他に人の気配はない。
「で、これからどうするんだ?」
 レオは尋ねた。
「すぐに着替えて。バレる前にここを出る」
 神官兵の兜の中から、リーラの声が聞こえてきた。
「え?」
 ミアが目を丸くする。
「釈放される時に、神官兵と成り代わったんだろう」
 最近はやらない魔物祓いを突然やるなど、不自然極まりない。もしや、とレオは疑っていた。その予想は的中した。
「ほら、これ」
 リーラが黒い布の塊を放ってよこす。広げてみれば、夜の神殿の神官服だ。レオは素早く着替えた。ミアはリーラの手を借り、どうにか神官服に着替える。
「さあ、行くよ。外へ出る」
「え、外? アンナ様は?」
 ミアがそう言うと、
「私は二人を助けるようにとしか言われてない」
 リーラは淡々とそう答えた。
「でも、アンナ様が危ないです! それに、ディーロ様やシャロン様も」
 今にも外へアンナを探しに行きそうなミアを、レオは止める。
「王族の独房はここから離れているし、警備も厳しい。今はここから出よう。まだ時間はあるはずだ」
「彼の言う通りよ。マイト様はアンナ様を見捨てようとしてるわけじゃない。黙ってついてきなさい」
 リーラはろうそくの火を吹き消した。小さな足音が隠し戸へ向かう。レオはミアの手を取り、リーラについていった。

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