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第六章-4

 神殿を取り巻く長い外回廊を、黒衣の神官が行き交っている。
 彼らは星見の者達だ。月や星の位置を毎日観測する仕事についている。観測記録の帳面を運んだり、観測に必要な道具を運んだりと、忙しい。夜の神殿で最も活発に働く人間達だ。
 そんな彼らに混じって、三人の人間がいる。三人のうち二人は、全く足音がしない。もう一人からは、小さな足音が聞こえてくる。いかにも素人の忍び足、という風な音。
(そんなにビビってると、逆に怪しまれるぞ)
 レオは心の中でミアに話しかけたが、当然彼女には伝わらない。逆にミアの心情は、繋いでる手を通してよく分かる。恐怖と緊張だ。正体がバレやしないかと震えている。
(ここでは松明は禁忌だし、普通に歩いてりゃバレないって)
 夜の神殿の中あるいはその近くで、明るい火を灯すことは禁忌である。
(そう言ってやりたいけど、今は声が出せないしな)
 一方、リーラは迷いのない足取りで進んでいる。進行方向から見張りが歩いてくるときには、横のドアを開け、神殿の内回廊へ逃げる。
 内回廊からは、夢見の間が見える。ヨラ神の神像のふもとに簡素な寝台が並べられ、そこに人々が眠っている。彼らは夢見を行う神官、あるいは悩みを抱えた市中の人々、または巡礼者だ。ここで眠り、夢で神のお告げを聞く。
 当然、見張りの神官兵もいる。怪しい者がいないか、耳をすませている。
 リーラは見張りの視界に入らないよう、用心して歩く。階段を上り、狭い通路を抜け、また外回廊へ出る。一連の動きに無駄はなく、見張りの目をうまくかい潜っている。
(どうやってここまで精密な脱走ルートを立てたんだ?)
 レオは不思議に思うが、恐らく尋ねても答えてはくれないだろう。
 周囲の足音が突然増えてきた。神官兵が走ったり、小声で連絡を取り合ったりしている。
(脱走がバレたな)
 星見の神官は慌てて階段へ走っていく。屋上に集合するつもりだろうか。戦う術を持たない彼らは、一箇所に固まった方が、神官兵も護衛しやすい。
 その神官兵はというと、神殿の出入り口を次々封鎖している。このままではマズい。
 すると、リーラは素早く物陰に隠れた。レオがリーラについていこうとしたその時、一瞬赤い火花が散る。
(何だ?)
 物陰から何かが投げられた。それは中庭の方へ飛んでいき──大爆発を起こした。
 音が炸裂し、眩い火花が散り、中庭の草木が燃え始める。神官達は何が起きたのかすぐに理解できず、右往左往している。その隙にリーラは走りだし、レオとミアは後を追う。
 騒がしい神殿を離れ、人気のない場所までやってくる。出口はすぐだし、わざわざ門から出なくとも、塀を登って外へ出ることもできる。
「あれは何だ!」
 レオは小声で尋ねたが、語気は自然と荒くなる。
「火薬玉よ。外国から取り寄せたとっておきの品」
「そういうことを言ってるんじゃない! どうしてあんな明るい火をつけたんだ!」
 レオは身震いする。あんなことをつけてしまって、神を怒らせてしまった。
「ああすれば逃げられるでしょ。何? 神殿で火をつけたことを気にしてるの?」
 鼻で笑うリーラ。
「あんなの迷信に決まってるじゃない。こんな時までまだ信じてるわけ? 随分と敬虔なお方ですこと。心配しなくても、どうせあんたも地獄行きよ」
 リーラは口笛を吹いた。塀の向こう側から縄が投げられる。彼女はすいすいと縄を上り、塀の向こうへ行った。レオはミアを背負い、ロープを使って塀を上る。
 外側には、リーラの他に二人の人間がいた。いずれもフードを被っていて、顔は見えない。二人が降りると、素早く縄を回収し、黙々と動きだす。
 細い路地に入り、坂を下る。ネズミや虫が走る音が時折聞こえる。周りの建物は徐々に粗末になり、やがて西区にやって来た。静まりかえっているが、あちこちから視線を感じる。
 リーラとその仲間は、レオ達をボロボロの建物の中に入れた。壊れかけた床に地下へ続く階段がある。
 降りた先は、大きな部屋があった。人がたくさんいて、その中央にマイトがいる。
「無事脱出できたんだね。また会えて嬉しいよ」
 マイトは机の前に座っていた。机には地図と何かの図面、そして鉄製の筒が一つ、置いてある。
「まずは疲れてるだろうし、ひとまず休みなよ。それから色々話をしよう」
 マイトはニッコリ笑う。レオとミアは笑わなかった。

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