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第六章-5

 二人はあてがわれた部屋で一夜を過ごした。小さな部屋に、ベッドと呼ぶには無理がある木箱が並んでいる。それぞれに寝っ転がり、眠った。
 しばらくして、目が覚めた。お互いが無事なことを確かめた後、二人はボサボサ頭で部屋を出た。木箱が固すぎて、身体中が痛い。全然疲れが取れていない。
「お前、頭ボサボサだぞ」
「レオさんも顔色悪いですよ」
 見張りに連れられて、マイトがいる部屋にやってくる。
「あれ、もう起きたの? 夜明け前だよ。もう少し寝ててもいいけど」
 マイトはろうそくの明かりを頼りに、何かを書いている。
「おはようございます」
 このような時でも、ミアは礼儀正しく挨拶する。レオは何も言わず、マイトの様子を観察する。
「まだ寝ててもいいんだよ? 昨日は大変でしたでしょ?」
 マイトは慈愛に満ちた、満ちたように見える顔を、こちらに向ける。
「もう十分休みました。大丈夫です」
 目の下にクマを作っているミアが、珍しく本音とは違う返事をする。
 そして、若干震える声で続ける。
「私達を助けてくださり、ありがとうございます。ですが……どうかお願いします。アンナ様をどうか助けてくださいませんか。ディーロ様とシャロン様も。どうかお願いします」
「ああ、その話ね。もちろん、彼女を助ける計画を進めているところだよ。二人にも協力してもらうことになる」
 マイトはさらっと言った。
「そうなんですか? ありがとうございます!」
 キラキラした眼差しでマイトを見つめるミア。
 レオは一歩前に出る。
「待ってください。まず、教えてください。何がどうなっているのですか?」
 極力感情を抑え、冷静に尋ねる。
「どうしていきなり私達は捕まったんですか? そしてどうしてマイト様は私達を助けてくださったのですか?」
 マイトは目の前の書類を、机の脇に退けた。手を組み、「うーん……」とわざとらしく首を傾ける。
「そうだねえ。君達はアンナさんからどこまで聞いているの?」
 レオはミアと顔を見合わせる。ミアの顔には「何のことだか分からない」と書いてある。レオも同じだ。
「んー、何にも聞かされてないみたいだね」
 マイトはフッと微笑んだ。
「じゃあ、僕から話すよ。僕は、革命を行うんだ」
「革命?」
 目をパチクリさせるミア。レオは微動だにせず、話に耳を傾ける。
「そう、革命さ。腐った神官と王様どもに、これ以上好き勝手はさせない。全て壊して、民主政を築くんだ。古臭い王政は過去のものになるんだよ」
 ミアは軽く首を傾げる。彼が何を言っているのか理解できない──というより理解したくないのだろう。
 レオも理解したくない。そんなたいそれた話なんか聞きたくない。
(まさか……王家と神殿に弓を引くつもりなのか、この男は)
「アンナさんは私の思想に共感してくれてね。協力してくれてるんだ。彼女も同士の一人。だから、必ず救出するよ」
 にっこり笑うマイト。
「私達は、何か手伝えることはありますか?」
 聞きたくないが、今は話に乗るふりをする。
「いや、今は無いよ。パンでも食べて、しばらくゆっくりしてていいよ。用事ができたら、また呼ぶから」
 そう言うと、話は終わりと言わんばかりに、マイトは書類を手に取り、目を通し始める。二人は「失礼します」と言って、部屋を出た。
 木箱ベッドの部屋に帰ってくる。
「あの人の言うこと、ほ、本当なんでしょうか、革命ってあれですよね。今の王様を殺して新しい王様になるっていう、あれですよね。そんなことにアンナ様が参加するとは思えません」
 ミアはひそひそ声で話す。
「彼女はこの国で軟禁生活を強いられていた。それにマイトとも仲が良かった。革命に加担する動機は十分にある」
「でも、でも……そんなこと、無いです。アンナ様はそんなのに、参加したりしませんよ……絶対に、無いです」
 ミアはムキになってレオを睨みつける。
「分かった。ひとまず、そう言うことにしておこう」
 レオは小さくため息をつく。
(まずは、革命のことについてもっと情報を集めよう。ただの庶民で、しかも死罪の僕達を救出する理由は何だ?)
 だが、素直に聞いても教えてくれないだろう。特に、元神官兵のレオは警戒されているに違いない。
(仕方ない)
 レオはミアに言う。
「情報を集めてくれないか?」
「じょ、情報?」
「部屋の外に出て、それとなく話を聞いてくるだけでいい。何か革命について調べて欲しい」
「え、ええ? でもメモ帳も何も無いし」
「メモなんか無くてもいいだろ。覚えたらいい」
「無理です!」
 ミアはブンブン首を横に振る。
「メモが無いと何にも覚えてられません。人の言ってることって、すぐに消えちゃうんです」
 レオは屋敷内で働いていたミアの様子を思い出した。彼女はことあるごとにメモを取っていた。エプロンの大きなポケットにいつもメモとペン、インク壺を入れていた。平民の彼女がインク壺やペンを持っているとは、えらく贅沢だと思っていたが、何やら事情があるらしい。
(というか、耳で聞いて覚えられないような奴を雇わないといけないほど、アンナの元には召使いが来なかったんだな)
 レオは心の中でもう一度ため息をつく。
「覚えてられる範囲でいい。とにかく様子を見てきてくれ」
 ミアはドアを開けて部屋から出ていく。役に立ちそうに無い間諜の背中を、レオは見送った。


 ミアは、狭い階段を上り、地上階へ出た。
 入り口と、カウンターがある。入り口のドアはしっかり閉ざされ、閂がかけられている。壁際のカウンターは無人だ。帳面が広げられていて、そこには細かい数字が書かれている。
 カウンターの横には上へ続く階段があった。ミアは階段を登った。
 細い廊下が伸びている。ここの廊下はとにかく狭い。ティルクスの町でアンナと共に暮らしていた家の廊下より狭い。
 通路を歩きながら、窓の外を見る。
 東の空が金色に輝いている。黒々とした屋根の輪郭がぼうっと光っている。肉か何かが腐ったような臭いが漂ってくる。
 左右の壁には部屋がある。レオがいる部屋を含めて、全部で五つ。ドアや仕切りで塞がれている。ミアは隙間から中を覗いた。どの部屋も毛布や衣服が乱雑に置かれている。人はいない。
 部屋の壁に、絵が貼ってある。裸体の女の絵だ。周りに置かれている壺や飾りも、男女の身体を模したものが多い。
 似たようなものを、ミアは昔、見たことがあった。アンナの家で働く前にいた場所で。
(えーと、何て言ってたっけ。こういう場所のこと……そう、娼館だ。ここは娼館だ。女の人……姉さん達はいないのかな)
 突き当たりまで行くと、ミアは階段まで戻った。まだ上階がある。ミアは上へ向かった。
 上も同じ作りだ。狭く短い廊下と五つの部屋。いくつかの部屋には女がいて、全員がぐっすり眠っている。ミアは起こさないよう注意しながら、通路を歩いた。突き当たりまで行くと、階段まで戻った。
 まだ階段は上に続いている。ミアは上った。その先は屋上だった。人が三人いる。全員男だ。ミアが上ってくると、剣呑な目で彼女を見つめる。
「何だ、お前は?」
「昨日、リーラさんに助けてもらって、ここに来ました。ミアと言います」
「ああ、昨日の奴か」
 それを聞いた男達は興味を無くし、ミアから顔をそらす。
 ミアは目の前に広がる景色を見た。ここの景色を一言で言うと、「ごちゃごちゃ」だ。今にも壊れそうな家が並び、風に乗って腐臭がやってくる。歩いている人達の身なりもボロボロだ。ミアは小さい頃に住んでいた場所を思い出した。あの頃いた町の景色に似ている。
 身体を反転させ、周りをぐるりと一周する。朝日と共に、何かがキラキラと光っている。眩しさに目をすがめつつ、じっと観察する。
(分かった。王宮だ! あの真っ白い王宮!)
 アンナと共に初めて王宮に来た時を思い出す。とにかく真っ白な大理石の王宮。
(ということは、ここは王宮から見て西の方なんだね)
 ミアは一人でうんうんと頷く。
 すると、屋上で立っている男の一人が、ミアに近づいてきた。
「ここで何やってんだ。早く部屋に戻れ」
 ミアを見下ろし、威圧的な口調と目でミアに命令する男。ミアは一歩下がるが、しかしレオに情報を集めろと言われたことを思い出す。
「ここはどこなんですか? その、全然何も分からなくて」
 ミアは正直に尋ねた。
「お前には関係ない。部屋に戻って寝ろ」
「革命って何でしょうか? 私はよく分かりません」
「早く部屋に戻れ!」
 ミアは屋上から逃げ、階下に下りた。しかし、部屋に戻れと言われて戻る気にはなれない。レオに情報を集めろと言われてるし、ミア自身も何がどうなっているのか知りたかった。
(よし、今度は地下へ行ってみよう)
 ミアは階段を降りた。

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