第六章-7
ミアは見聞きしたことを一生懸命レオに話した。
「二階と三階には部屋がそれぞれ五つあって、服が散らばってるだけだったよ。屋上には人が三人いて、それで一階には……」
レオは表情を一切変えずに、ミアの話を聞いていた。ミアは話しながら、レオの顔を見る。分かってはいたが、これほど表情が変わらないとちょっと不気味だ。春から一緒に働いていたけれど、感情は一切読めない。
「まずいな。色々と」
レオはポツリとそう呟いた。
「もうすぐ革命が起きる。争いが。おそらく、ティルクスも関わっているだろう」
「そうなんですか?」
「ああ。マイトがわざわざ危険を犯してまで僕達を助けたのは、アンナを革命に協力させるためだろう。要するに人質だ」
人質、という言葉にミアはごくりと息を飲む。
「人質ですか。私達に何かできることはありますか?」
「無い。今のところは、適当に掃き掃除でもやって、大人しくしてるのが得策だろう」
「分かりました」
「連中は、お前が字を読めることを知らない。それだけが武器だ。掃除をしつつ、文字を読んで新しい情報を手に入れよう」
「頑張ります。あ、そうだ、レオさんも働けるよう、周りの人にお願いしてみますね」
「ああ、頼むよ」
ミアはベッドの端に腰を下ろした。レオも隣のベットに腰掛けて、じっとしている。
静かだ。ミアはそわそわと足を動かした。こういう沈黙にミアは耐えられない。
「マオさんが無事にティルクスに渡れて良かったですね」
「無事かどうかは分からない。渡った先で、不法侵入者だと思われて殺されているかもしれない」
「それは大丈夫ですよ。レースさんとヨールさんもついてます。ティルクスの兵士にうまく話して、王城まで連れて行ってくれますよ」
「そうだな。そうだと、いいな」
その短い言葉に、微かな不安が感じ取れた。人形のように表情が変わらない彼だが、やはり感情はあるらしい。当たり前といえば当たり前だが。
ミアは少し考え、マオとレオのことに話題を変える。
「マオさんとレオさんは、どうして神官兵になったんですか?」
前々から、地味に気になっていたことを尋ねてみる。
「理由はない。物心ついた時には神殿の孤児院にいた。そこで育ち、そのまま訓練を受けて、神官兵になった……ミアは? 生まれはどこなんだ? どこかの貴族の子だったりするのか?」
「貴族じゃないですけど」
ミアは懸命に記憶を遡る。
「小さい頃は村に住んでました。でも、良いところじゃなかったです。パンも何も食べられなかったし、しょっちゅう怒鳴られてました。それからおじさんに村から連れ出されて、あっちこっちの家やお店に行って、アンナ様のところに来ました。それからずっとアンナ様の元で働いています」
「字を教わったのはいつだ?」
「アンナ様が教えてくださいました。それまで何も分からなかった事が、分かるようになりました」
アンナが文字を書き、それを読み上げる。ミアは一生懸命、紙に字を綴る。その時から使っていた鵞ペンは、ついこの前、あっけなく失ってしまった。
「聞いたことを覚えるのは苦手ですが、紙とペンで覚えられるようになりました。お仕事をこなせるようにもなりました」
他人の話すことを聞いたそばから書いていけば、後で見返せる。ゆっくり時間をかけて理解できる。文字と筆記用具は、ミアにとっての生命線だ。
ミアの右手が腰の方へ伸びる。普段着ている服ならそこにポケットがあり、中に筆記用具が入っている。しかし今はポケットすらない。変な焦りがミアの心を蝕む。
「早く新しいメモ帳とペンが欲しいです」
「それを手に入れるのは、もう少し先になりそうだな。今はここでじっとしているしかない」
レオはそう言って、小さなため息をついた。