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第六章-8

 ヨール、レース、マオ、そして警備兵達が国境の川を渡った、次の日。
 ティルクス軍の国境防衛隊の船に拾われた後、レースとヨールは懸命に兵士に説明した。
 レースは服の隠しポケットから封筒を取り出したり、大昔にアンナに下賜されたブローチを見せたりして説明したが、中々納得してもらえない。疑われるのも無理はない。水面を漂う枯れ葉のような小舟に乗ってやってきた、ボロボロの格好の一団だ。王女の使者にはとても見えないだろう。
 長いやりとりの末、誰かが、
「王家のお付きの兵士なら、さぞかし強いに決まってるだろう。決闘だ、決闘!」
 と言いだし、その方向で話がどんどん進み、ヨールと国境防衛隊の隊長が決闘することになった。
 訓練場の野外広間で一対一の決闘が始まる。応援と野次を飛ばす兵士と、そわそわする警備兵たち。剣と剣がぶつかる、重く冷たい音。
「おい、ヨールって強いのか?」
 警備兵がレースに尋ねた。それにレースが答えようとした時、一際大きな金属音が鳴る。隊長の剣が、ヨールの剣によって弾き飛ばされたのだ。
「私の勝ちです」
 ヨールが隊長の喉元に剣先を突きつけて宣言する。隊長は手を上げて、降参を宣言した。
 周りがどよめく中、ヨールがレース達のいるベンチまで戻ってくる。
「案外あっさり勝ったわね」
「案外ってひどいな。まあ、とても緊張したけど。決闘なんかやったの久々だ」
 ヨールが両手をもみほぐしていると、その背後から隊長がやって来る。
「ヨール様、レース様。今までの無礼をお許しください。ヨール様の剣さばきは素晴らしいです。名のある家の出身だとみえます」
「え? ああ、はい、まあ……」
 ヨールは曖昧な笑みを浮かべた。
「すぐに王都へ行くための馬車を用意いたします」
 隊長は恭しくそう言った。
 すぐに、この辺りでは最も豪華な四等馬車が用意された。レース達は馬車に乗り、ティルクス王都への旅が始まる。
(この道をまた通ることになるなんて)
 レースは窓の外の景色を見る。春頃、アンナと共に通った旅路だ。小麦畑は一面黄金色。もうすぐ収穫だろう。
(普通の帰省なら、こんなに嬉しい景色はないのにね)
 小さなため息は、警備兵達の話し声にかき消された。
 国境を渡るという難関を超えた今、彼らはすっかり気を抜き、お喋りに興じている。
「なあ、マオ。実際のところどうなんだ?」
 警備兵その一がマオに尋ねた。
「どうなんだって、何が」
「今までのことだよ。宿に火が放たれたり、神官どもに追いかけられたりしてさ。お前が無関係なわけないだろう?」
 マオは警備兵を睨む。最近、彼女の表情が変わるようになってきた。睨むか口をへの字に曲げるかしかないが、以前の人形の顔ではなくなってきた。
「無関係だ。あの神官兵達の襲撃は聞いていない。ただ……それとは別に、私はあなた方を処刑しろと命じられた。命令を実行する前に、逃亡する身になってしまったが」
「やっぱり」
 やれやれと肩をすくめる警備兵。
「どうして私達が殺されなければならないの? 何の罪で?」
 レースは尋ねた。
「アンナがティルクスから魔物の召喚本を取り寄せている、という罪で」
「はあ? どういうこと?」
「神官からはそう聞いた。魔物召喚の罪で処刑しろ、と言われた」
「ありえない」
 レースはかぶりを振る。マオも、「今の私も、そう思っている」と頷く。
「いや待て、魔物召喚の話なら俺も聞いたな」
 警備兵の一人が言った。
「そういや、そんな噂を聞いた。王宮で誰かが話してたな」
「え? 僕は知らんぞ」
「そりゃお前が聞いてないだけだろ。何か偉い人が何かボソボソ言ってたぞ」
 レースとヨールは顔を見合わせた。
「ものすごく嫌な予感がするんだけど。アンナ様、ご無事かしら……」
「……どうだろうね」
 馬車の向こうでは、黄金の麦が風に揺れている。畑はどこまでも続き、王都は見えない。当然だ。ここからまだ数日かかるのだ。見えるはずがない。
 今ほど、二人が、馬の歩みを遅く思ったことはない。

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