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第六章-9

 警備兵七名、神官兵一名とその標的二名は、ティルクス軍の兵士が操る馬車に揺られて、小麦畑の道を進む。
「はい、あがり」
 勝ち誇る警備兵その三。
「私もあがりです」
「よし、あがり」
 レースとヨールが手持ちのカードをテーブルに置く。
「私もあがり」
 マオがカードを置いた。
「あー! チクショー!」
 警備兵その五が頭を抱える。
「夕食の用意、よろしくお願いしますね」
 口元に笑みを浮かべるレース。うなだれる警備兵その五。
 殺し殺されも何にも無い、退屈な馬車の旅。その暇つぶしをするため、いつの間にかカード遊びが始まった。同じ柄のカードを揃える、その早さを競うというシンプルなルールだ。最初は警備兵達だけがプレイしていたのが、ヨールやレース、最後にマオも巻きこみ、馬車の中の一大娯楽となった。
「チクショウ……お前ら、イカサマしてんだろう」
「してない、してない。お前が弱いだけだ」
 馬車が止まる。そろそろ野営の時間だ。
 ドアを開けると、暖かく優しい風が吹き込んでくる。赤い西日が眩しい。
 馬車が停まったのは、街道脇にある焚き火跡だ。皆で手分けして、乾いた枝を集め、焚き火に再び火を灯す。警備兵が川から水を汲み、鍋を火にかける。固い木の実と干し肉を放り込み、ぐつぐつ煮込むこと数分。スープが出来上がった。
 焚き火を囲んで、皆で座る。
「あんまり味がしないな」
「うっせぇ」
 軽口を叩きつつ、スープを飲む。
「お、あれは何だ?」
 警備兵の一人が言った。西日に照らされて輝く小麦畑。だが、遠くに、灰色の岩みたいなものが見える。
「王都ティフです。見えてきましたね。明日の昼過ぎには着きますよ」
「おう、ようやく見えてきたな」
「この旅も終わりかあ」
「王都にたどり着いたら、俺らどうなるんだ? 特に……」
 焚き火の周りが一瞬、静まり返る。皆の視線がマオに注がれる。
「まあ、王城で取り調べが行われるでしょう」
 レースは重々しく言った。
「マオは神官兵ですから、神殿の取り調べも受けることになります。何せ王女を暗殺しようとしたのですから、自由の身、というわけにはいきません。この旅では、貴女は協力的でした。罰を軽くしてもらうよう伝えておきます。多少痛い目に遭うかもしれませんが、死にはしないでしょう」
「……どうも」
 マオはそう、ぽつりと言った。
 日が沈み、夜がやってくる。それぞれ、寝床に潜り込む。
 夜は交代で火の番をする。盗賊や野犬が襲いかかってこないとも限らないからだ。最初の番はヨールだ。ただし、兵でなく若くもないレースは見張りを免除された。
 レースは馬車の中で、毛布にくるまって寝ようとした。しかし中々寝付けない。結局、もぞもぞと起き出し、外に出た。
「おや、レース。どうかした?」
 ヨールは小さな岩に腰掛けていた。
「火に当たりたくなって」
 そう言って、ヨールの向かいに座るレース。そばに落ちている小さな枯れ枝を拾い、焚き火に放り込む。枝はパチパチと跳ね、やがて燃え尽きた。
「まさかこんなに早く帰ってくることになるとは思ってなかったわ」
「そうだね」
「数年は帰れない。もしかすると死ぬまで……と思ってたわ。それが、ねえ」
 焚き火を見ていると、屋敷のかまどの火を思いだす。
(ミアはちゃんと火を起こせているかしら。アンナ様は大丈夫かしら)
 不安で、腹がキュッと痛くなる。
「やっぱり、ヨールがアンナ様のそばにいた方が良かったんじゃないかしら」
 焚き火の炎が、大きくゆらりと揺れる。ただ風で煽られただけなのに、何故だか不吉に見える。レースの心をざわつかせる。
「アンナ様のことが心配なの。今、アンナ様のお側には、ミアとレオしかいない。護衛がいないのよ。本当にこれで良かったのかしら」
「私もそう申し上げたよ。アンナ様に」
 レースはヨールの顔を見た。
「だが、断られた。是が非でも、外国にエレアの現状を知らせなければならない、と。アンナ様がおっしゃるには、脅威は神殿だけではないそうだ」
「え? どういうこと?」
 彼はレースの隣に移動した。顔を、レースの耳元に近づける。
「マイト王子が革命を、ローゼ王妃が暗殺を企んでいるらしい。どちらの計画にも、アンナ様が巻きこまれている。国が戦火で燃える前に、ティルクス王家とクロニト大神官にこの陰謀を伝えて、何としても阻止しなければならない、だから使者を送るのだ、と」
 レースは一瞬、息をするのを忘れた。
「そ、そんな話……私、聞いてないわ」
「貴女がそんな話を聞いたら心配して、離れようとしないだろ」
「でも──」
「アンナ様は、俺達全員を逃がそうとなさったんだ」
 彼の横顔には、苦悩が滲んでいる。
「結局、ミアが全然離れようとしなかったら、彼女を残していくことになったが。とにかく、そういうわけだ。とにかく、明日には手紙を届けられる。そうしたら、すぐに助けを送ることができる」
 後半は、半ば自分に言い聞かせているようだ。
 革命。暗殺。そんなものに関わった王族の末路がどうなるか。様々な昔話や伝説に残っている。
(アンナ様が乳飲み子の時から、ずっとずっと、お仕えしてきた。その結末が、そんな悲劇のようになるなんて)
 レースは、言葉にならないうめき声をあげて、顔を抱えた。
「……あんまりよ」
「そうだな。だがきっと、大丈夫だ。あの方は賢いお方だ。きっとうまく立ち回ってらっしゃるさ」
「そうね。祈るしか、無いわね」
 馬車のドアが開いた。中からマオが出てきた。
「交代の時間だ」
 マオは足音を立てずに歩き、ヨールの斜め前に座った。焚き火に視線を落とす。
「ああ、もうそんな時間か。じゃあよろしく」
 ヨールは立ち上がる。レースも、もう寝ようと焚き火の前から去る。
 馬車の入り口で、ヨールは振り返った。
「マオは、王都に着いたらどうするんだい?」
 マオは焚き火を見つめたまま、答える。
「どうもしない。レースが行っていた通り、神殿で裁きを受けることになるだろう」
「その後だよ。裁きを受けて、その後は? どうするつもりだい?」
 沈黙。パチパチと小さな音が鳴る。
「王都には傭兵部隊がある」
 ヨールは言った。
「傭兵?」
 ようやく、マオがちらりとヨールを見た。
「そう。国から最も信頼されている傭兵部隊で、入るのに身分や経歴を問わない。普段の仕事は王都の防衛で、給料も良い。全部終わった後にでも、考えてみたらどうだい?」
 そう言って、ヨールは馬車に入った。レースも続いて中に入る。
 分厚い雲が、月を覆い隠す。
 空は真っ暗になった。

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