第七章-8
メディが牢獄の中にいる王族達の話を語り終えると、次はレオとミアが、脱獄とマイトの革命について話した。ミアが勢いよく喋り、足りていない部分もレオが補足した。
「──なるほどなあ。想像よりも複雑で厄介な事態になっているな」
メディはそう言って、うーんと額に手を当てた。
「どうやって皆様を助け出しましょう?」
「マイト達が計画を立てていたな。メディ先生、紙を貰えるか?」
メディは引き出しから紙を出し、机に置いた。
レオは夜中に盗み聞きした情報を、ミアは掃除中に盗み見た計画書や地図を、どんどん書きこんでいく。
「南東の坂道でアンナ様が乗っている馬車を襲うつもりか?」
メディの問いに、レオはああ、と頷く。
「ここは道幅が狭いし、路地も多くて逃げやすい。実行犯は馬車の見物客に紛れて待機し、合図で攻撃する。混乱の隙にアンナを救出し、逃亡する」
「ディーロ王子とシャロン王女は?」
「助けない。マイトの計画では、助けるのはアンナだけだ。残る二人は、坂道のど真ん中に取り残される。混乱で暴れ狂う馬車の馬と一緒にな」
ミアは重いため息をつく。
「……どうやって、全員を助け出しますか? もう今からでも牢獄へ行きましょうよ。杖をついた神官兵さんと一緒なら入れるんですよね?」
「杖の神官兵のことは、僕も知ってる」
レオは紙に彼の似顔絵を描いた。
「あいつは情報屋だ。何でも知っている。死刑囚がいる牢獄の警備の状況も分かるんだろう。だからこそ、奴に頼るのは危険だ。どこで誰に言いふらされるか、分かったもんじゃない」
「じゃあ、どうします?」
三人は地図を睨みつける。
死刑囚を広場の絞首台へ連行する時は、王都を一周する。主要な大通りを馬車で走るのだ。市民は罪を犯した貴人を一目見ようと押し寄せる。
「あ。こういうのはどうでしょう。書類を偽造して、処刑を取り消すんです!」
「はあ?」
ミアは満面の笑みでまくし立てる。
「処刑を取り消すって内容の紙を作って、神官達に見せるんです! それで向こうが騙されてる間に、皆で逃げるんですよ!」
「それは──」
二人は思案する。
「無理があるだろ」
「悪くはないな」
首を横に振ったのはメディ。悪くないと思案するのはレオ。
「一瞬の隙を作れたら、それで十分だ。おそらくできる」
「でもどうやるんだ? 筆跡でバレるだろう?」
「印刷するってのはどうですか? あの食堂に貼ってあった紙には、印刷された計画書もありました。マイト様はきっと、どこかに印刷機を隠してますよ」
「ならその印刷機を探す必要があるな。まずは──」
三人は計画を練り上げる。細部まで詰めていく。
やがて出来上がった偽造計画は、何とか実行できそうなものに仕上がった。レオとミアは理髪院を出て、こっそりとマイト達の拠点に戻る。彼らは泥酔していて、二人が出ていったことにも帰ってきたことにも気づかなかった。
翌日。レオは、二日酔いに苦しむマイトに話しかけた。
「マイト様。お願いがあるのですが、私に仕事をくださいませんか?」
「急にどうした、レオ? ここの掃除をするのは嫌か?」
「嫌ではありませんが、私の存在は周りを煩わせます。離れた方がお互いにとって良いでしょう」
「でもな。お前を外に出すわけにはいかん。脱獄犯だからな。見つかったら即処刑だぞ」
「力仕事でも、部屋にこもっての作業もやります。どちらも得意ですから」
「んー、じゃあ、印刷でもやる?」
来た。
「印刷ですか? 印刷機は神殿にしかないはずでは?」
わざとらしくない言い方でレオは問う。
「あるよ。破壊されなかった奴が。かなりの重労働だが、そこでいいなら行くか?」
「はい」
「ちょうど資材を運ぶんだ。そいつらについていけ」
計画では、最低でもこの場所から出られたら良い、くらいに思っていたので、上手く事が運んで幸運だ。
レオは大工の格好に着替えさせられた。頭につばの大きい帽子を被り、背中に材木が入った大きなかごを背負う。顔や手、足には泥や煤をつけ、汚れた職人に見せかける。
「神官兵にバレそうな予感がしますが」
「夏至祭前で人も多いし、分からんだろう」
大工の格好をした一段に混じり、外へ出る。
マイトが言った通り、人はとても多い。そして神官兵も多い。レオの両側に人が立ち、顔を見られにくくしつつ、南区へ行く。
着いた場所は、パン屋だった。店の軒先が半壊しており、店主は簡素な屋台でパンを売っている。
「おはよっす」
「今日も頼むよ」
男達は背中のかごを下ろし、早速店の修繕作業に取り掛かる。
「店長、コイツは中の作業担当だから、案内してやってくれ」
店長はレオを一瞥すると、建物の中へ入っていった。
レオは彼の後をついていく。狭い廊下の突き当たりにくると、店主は床にかがみ込み、跳ね上げ戸を持ち上げた。地下への階段が現れる。
階段を下りる。インクの臭いと、機械特有の重低音が聞こえる。
下りた先には、鉄の扉があった。店主が鍵束を取り出し、鍵を開ける。
インクと機械油と汗の臭いが、鼻をつく。
目を引く、巨大な印刷機。その周りには紙の束と見慣れぬ工具。数人の男が黙々と作業をしている。その中にはヤカロの姿もあった。
「おーい、新入りだ」
店主はレオを残し、部屋を出ていった。背後で鉄の扉が閉まる。
ここの頭領らしき男がレオに近づいてくる。
「おい、仕事を教える。こっちに来い」
はい、とレオは行儀良く答えた。