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第七章-10

 印刷所の作業員は、全員同じ部屋で眠った。パン屋の二階にある大部屋で、床に布を敷いて横になった。
 レオは部屋の中央で寝ることになった。四方八方からいびきが聞こえ、行儀の悪い足が彼を蹴ってくる。中々眠れない一夜を過ごす羽目になった。
 翌日は、階下から聞こえるパン作りの音で目が覚める。パン屋の朝は早いため、パン屋が動き出したら印刷所の人間も起きる。夕飯の残り物だったスープを飲むと、地下室へ移動する。
 しばらくの間は、この地下室で待機だ。雑談したり、道具の手入れをしたりする。地上へは出られない。色々な情報を知る職人が脱走してはマズいからだろう。
 レオは印刷の仕事について、詳しく教えてもらった。活字を並べるコツ、今まで作った文書のことなど、作業員達が気前良く教えてくれる。
「今まで、どんな書類を作ってきたんですか? バレたことはないんですか?」
 頭領は棚から書類を取り出した。
「こういう書類はほぼ毎日作ってるな。昨日も作ってたぞ。今んとこバレたことはない」
 見せられた書類は、牢の囚人を釈放するための文書だった。偽物には見えない。もし、レオが牢番だったら、この書類を見せられたら何も疑わずに釈放するだろう。
「へえ。じゃあ、死刑囚を助命する書類も?」
「それはまだないな。作ろうと思えば作れるが」
 ドアがノックされ、大工姿の男達が入ってきた。背負った荷物をドスンと床に下ろす。中身は多種多様な紙と、真っ黒なインクだ。
 男の一人が、頭領に封筒を渡す。頭領が受け取り、中身を確認する。そして仕事が始まる。
 レオは、作業台で活字を探すふりをしながら、職人達の様子を観察する。そして、隙を見て紙を一枚、ペンとインクをそれぞれ一つずつ、盗んだ。
 その後、二日目の仕事も無事終わった。夕食を食べて眠る。
 皆が寝静まった頃、レオはそっと部屋を出た。蝋燭に火を灯し、通路の隅で紙に文字を書いた。
 三日目。レオは皆と一緒に起きた。しかし朝食は食べず、外へ出る。
「おい、どこへ行くんだ?」
「用を足しに」
「おお、そうか」
 裏口から外へ出て、早朝の町を歩く。商人や職人が集まるこの場所には、大工もいる。マイトの手下ではない、本物の大工が。
「ちょっとお願いがあるんですが」
 レオは、暇そうにしている壮年の大工に話しかける。
「何だ?」
「そこにパン屋があるでしょう。毎日大工が出入りしている」
「ああ、あるな」
「そこに、この封筒を持っていって欲しいんですよ。今すぐに。『これだけ先に、今すぐ急ぎで作って欲しい』って。それで出来上がったものを受け取ったら、赤バラ理髪院のモーディって医者に渡してくれませんか」
 そう言って、レオは重たい巾着袋を渡した。
「そりゃいいけど、お前が直接行ったらいいんじゃないか?」
「僕はこれから用事で、どうしても無理なんです。どうかお願いします」
 レオは印刷所に戻った。長かったな、と揶揄われながら朝食のスープを飲んでいると、程なくして、仕事が舞い込んできた。
「王家の方々の死刑執行を取り消す書類か。しかも、秘密厳守で。他の仲間にも一切喋るな、だと」
 頭領は首をかしげる。その手にある指示書は、昨夜レオが書いたものだ。
「マイト様がおっしゃっていた計画ですか?」
 レオが横から口を挟んだ。
「知ってるのか?」
「はい。私は、アンナ様とディーロ様に仕えていました」
 嘘は言っていない。
「俺はそんな書類を作る予定があるなんて、聞かされてないが……」
「万が一のために作っておこう、と聞きました。バレたら大変だから、こっそり作ってもらおうって感じでした」
「そうなのか? まあ、じゃあ作るか」
 ともかく、すぐに一枚、死刑執行を取り消すための書類が印刷された。それを、道端で待っている大工に渡す。彼は何も知らないまま、レオのお願いどおりに、赤バラ理髪院に向かった。
 レオは何食わぬ顔で、活字を並べ続けた。昨夜盗んだ文具も、こっそり元の位置に戻した。
 赤バラ理髪院へ封筒を届けた。若い医師が封筒を受け取り、メディへ手渡す。
 メディは中身を確認した。その後、メディは運び屋に封筒を渡した。
 運び屋はその名の通り、手紙や荷物を運ぶ職人だ。理髪院の近くにも事務所がある。普段は薬草を運んでもらっているが、今日は違う。
「急ぎなんだ。今すぐに、これをここへ運んでくれないか? 部屋は三階だ」
 メディは地図で場所を示した。そこはマイトのアジトの、隣の建物だ。
 運び屋は言われた通りの場所へ向かった。ドアをノックすると、若い男が出てくる。
「手紙? 誰からだ?」
「赤バラ理髪院からです」
「理髪院?」
 ドアを閉めた後、彼は封筒を開けようとする。その時、窓の外から「すいませーん」と声が聞こえてきた。
「あの、その封筒、多分うちのです! 間違えてそちらへ配達されたみたいです!」
 隣の家の窓で、若い女性が手を振っている。
「そうなのか? ほれ、どうぞ」
 窓から書類を渡す。
「ありがとうございます!」
 封筒を渡すと、彼女は恋人と楽しみに戻った。
 封筒を手に入れたミアは、窓を重い板で塞いだ。それから部屋のドアもつっかえ棒で開けられないようにして、封筒を開く。
「よし!」
 中身を確認したミアはホッとした笑みを浮かべた。第一関門突破だ。

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