第七章-11
本物そっくりの文書を印刷すれば、もう終わりかというと、そんなことはない。
書類を本物だと思わせるには、サインがいる。大神官のサインが。
当然、大神官本人が偽造文書にサインなどするわけないので、これも自前で用意する必要がある。
そのサインの偽造は、ミアがやる。
なぜミアがやるかというと、メディの理髪院で大神官のサインをした時、三人の中で一番上手だったからである。
レオがいない間、ミアは大神官のサインの練習をしていた。
サインの原本は、メディが用意してくれた。メディ曰く、原本は王宮の至る所にあるらしい。王が大神官にしょっちゅう『寄付して』、そのお礼に大神官のありがたいサインが入ったお札を譲り受けては、王宮中に貼りまくっているからだ。
メディは王宮からいくつかお札を取ってきていた。お札と文房具を一緒にミアに渡した。
ミアは、サインの練習をした。マイトの部下達はミアを雑にこき使うが、いないならいないで、放置してくれる。だからミアにはたっぷり時間があった。
一人部屋に入り、ドアを適当な箱で塞いで入れないようにした後、適当な裏紙にサインを書きまくった。
手本をよく見て、特徴を捉える。画数ごとの曲がり具合や角度、全ての癖を覚える。文字ではなく絵を描く感覚だ。似顔絵なら顔の輪郭やそれぞれの部位を、静物画なら目の前の物体の特徴を、捉えて絵にする。それとほぼ同じだ。
怪しまれない程度に部屋の外へ出つつ、サインの練習をする。二日間で完璧に模倣できるようにはなれないが、一時でも騙せたら良い。
もう特訓して三日目の朝。ミアの手元に、偽造文書が回ってきた。羊皮紙に綺麗に印刷されている。
夏の朝日が窓から差し込む中、ミアは机の前に座った。
(いよいよ本番だ。これにアンナ様の命がかかってる……!)
緊張のあまり、胸がバクバクしている。手汗が酷い。息を吸うのもままならない。
ミアは最後の練習を数度した。
(うん。大丈夫。そっくりだ。絶対にいける!)
ミアは深呼吸し、心を落ち着かせる。そして、大神官のサインを最後にもう一度目に焼き付けると、鵞ペンを手に取った。先にインクをつけ、偽造文書の末尾に、一息でサインを書き上げる。
(うん。まあそっくり。似てる。うん、パッと見は大丈夫。じっと見られたらバレるかもしれないけど、時間稼ぎはできるはず。後でメディさんにも見てもらおう)
偽造文書をたわんだ床板の隙間に隠すと、ミアは家事に戻った。
そして深夜、全員が寝静まったのを見計らって、ミアは窓から隣の建物へ渡った。部屋の住人の男はいびきをかいて眠っていた。できるだけ静かに歩いて、外へ出る。向かう先は医療院だ。
「メディさん、持ってきましたよ!」
「ありがとう」
メディは見本と偽造文書のサインを見比べ、おお、と感嘆の声をあげる。
「そっくりだ。これなら騙せるだろう」
「そうだといいんですが。アンナ様とディーロ様とシャロン様は元気ですか?」
「ああ。今日も話をしてきた。この計画にはあまり期待していないようだった」
「そんな……」
期待してほしいところだが、この計画が本当に成功するのかと言われたら、流石のミアも「はい」とは答えられない。
「私も巻き込まれた以上は、何が何でも成功させる。頑張ろう。夏至祭まであと四日だ」
そう言うメディの声にも、不安が混じっていた。
残りの日々はあっという間に過ぎ去った。
マイト達は準備で慌ただしくなった。街頭に立つ神官兵の目つきも厳しくなった。町の空気がピリピリして、物々しくなった。
夏至祭の早朝。メディは神殿へ向かった。王女王子が閉じ込められている方ではない。ごく普通の、街角に立つ小さな神殿だ。そこのドアに殴り書きしたメモを挟んでおく。メモの内容は、
『道中で王子王女を襲おうと企んでる奴がいるらしいです』
と書いておいた。これで警戒レベルが高まり、神官兵の数が増員され、マイト達は王子王女に手を出しにくくなるだろう。
問題はメディ達も手を出しにくくなることだが、それよりもマイト達にアンナを救出させないことを優先した。そうでないと、ディーロとシャロンが死ぬ可能性が高まるからだ。
(これで計画の準備は全部できた)
神殿から帰る途中、メディは空を見上げた。
東からぎらつく太陽が顔を出している。
一年で最も長い昼が始まった。