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第八章-1

 一年で一番早い朝。
 レオとミアは隙を見て、印刷所を抜け出した。人混みに紛れて歩く。途中で、レオは街角の神殿に忍び込み、適当な神官服を三着、そして伝令杖を盗み、待ち合わせ場所へ直行する。
 今日は夏至祭、そして革命の日。脱走者を探し出すより、革命を遂行する方を優先するだろう。
 処刑場がある広場の路地裏で、神官の服に着替える。そして、処刑の時を待つ。
 太陽が昇るにつれ、人も次第に増えていく。楽しげな人の声、商人の口上、そして喧嘩。
「向こうの通りで何かあったらしいぞ」
「神官兵と誰かが暴れてるって」
「おい、死刑囚が来るってよ。王子様と王女様だってさ!」
 聞こえてくる声に、ミアは眉根を寄せる。
「他の連中に気を取られるな。伝令役の確認をするぞ」
「は、はい」
 処刑が始まるまでの間、ミアは一晩かけて覚えた、伝令の台詞を読みあげる。
「あまり演技している、という感じでやるな。何も考えず、文書を掲げて死刑を中止しろと言えばいい。細かい補足は僕がするから」
「え? レオさんが声を出したら、他の神官兵に変装がバレてしまいますよ」
「気にしなくていい。声色を変えられるから」
 レオは潜伏任務のため、喉を鍛えていた。普段の低い声から少年のような高い声も出せる。少しの間なら、相手を騙し通せる。
 練習しているうちに、にわかに外が騒がしくなった。
「来たぞ」
 大きな馬車。その荷台に、両手両足を縛られた三人がいる。皆、疲れきった顔をしている。
 三人が馬車から下され、処刑台へ立たされそうになる瞬間、レオ達は広場へ駆け出した。
「待って!」
 ミアは伝令杖と文書を掲げ、声を張り上げる。
「大神官様からの指令です! 処刑は中止です!」
 広場がどよめく。神官と市民の視線が一斉に突き刺さる。
 緊張のあまり、ミアの腹がキリキリと痛む。内臓が口から飛び出しそうだ。
「中止だと?」
 神官が書類を引ったくる。
「こんなのあり得ない!」
「これは私達が大神官様から直々に受け取った書類です! 王家の方々が本当に魔物つきであるかどうか疑わしい、もう一度調査せよ、とのことです!」
 台本のセリフを一息で言い切るミア。
「そ、そんな馬鹿な……! 大体お前らは何者だ! 本当に伝令なのか?」
 フードを目深に被ったレオが前へ出る。
「我々は、大神官より遣わされた伝令です。我々の言葉は大神官の言葉です。今ここで、処刑を強行すれば、無実の人を殺したとして、破門されるでしょう! 疑うならば、ご自身で伝令を派遣し、確かめてみてはいかがですか?」
 誠実な少年の声が、朗々と広場に響く。市民はどよめき神官の様子を目で追う。死刑執行人は混乱し、神官は難しい顔で話し合う。
「分かりました。では、伝令を送って確認します。それまで、処刑は延期します」
 市民からヤジが飛ぶ。何やってんだ早くぶっ殺せ、神殿は何してんだ、と。広場を警備する神官兵が叫んだ連中を次々拘束する。
「王家の皆様をあちらへ。こんなところに立たせるなんて、失礼極まりないですよ!」
 ミアが死刑執行人に詰め寄る。執行人は、すぐにアンナ、ディーロ、シャロンを処刑台から下ろした。
 ミアとレオは、三人を広場の脇へ連れて来させる。
「待てお前ら、どこへ行くんだ!」
 神官兵がミアの背後に近づいた、その時。
 パン、と乾いた音が響いた。続いて、人々の悲鳴と怒号が聞こえてくる。
「神殿を潰せ!」
「王を殺せ!」
 剣や農具、そして見慣れない筒状のものを持った民衆が、広場へなだれ込んでくる。
「マズい」
 レオはそう呟き、手元のナイフでアンナ達の戒めを切る。それに気づいた神官兵が止めようとするのを、ミアが伝令杖で殴りつけて妨害する。
 神官兵は捕まえようとするが、背後から迫り来る暴徒に気をとられる。
 脱走者五人は、暴徒がやってきた方向とは反対の道へ逃げる。途中の空き家に入り、服を着替える。
「皆様、よくぞご無事で」
 ミアは涙ぐむ。
「まだ分からないよ。早く王宮へ行こう」
 町娘の服に着替えたアンナは、窓の外へ顔を向ける。
 日光に照らされ、眩しく輝く白い王宮が見えた。

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