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第八章-2

 通りは大混乱だ。逃げ惑う市民と暴れる市民、剣を抜く神官兵。誰も逃げる死刑囚のことに気づかない。
 五人は頭と顔を隠すフードをきっちり被り、外へ飛び出した。
 暴徒が神殿のシンボルを破壊している。曲がり角で神官兵が屋台を壊している。
 五人は、地面に落ちた夏至祭の花飾りを踏みつけて走る。前方に神官兵を見かけたら、物陰に隠れてやり過ごす。
「きついね、これ。王宮まで辿り着けるかどうか……」
 肩で息をしながら、アンナが呟く。
「でも、出来るだけ早く行かないと。ローゼを止めなければ」
 王宮では、これから貴族のパーティが開かれる。時間は正午頃だが、その時間通りに開催されるとは限らない。
「メディ先生が時間稼ぎしてくれているとは思うが、急がないと」
 レオは通りの様子をうかがう。レオ達が行きたい方向で、大きな乱闘騒ぎが起きている。今は進めそうにない。
「北地区に行くのはどう?」
 ディーアが提案した。
「王宮の北にある裏口から忍び込める。少し遠回りをすれば、すぐに行けるよ」
「あ、いいかも。あの辺は狭くて見つけにくい道もたくさんあるわ」
 シャロンがポンと手を叩き、そう言った。
「……どうしてシャロンが知ってるの?」
「そりゃあ通ったことがあるからよ」
 レオは北地区か、呟く。
「行こう。こっちだ」
 レオの先導で道を駆けぬけ、やがて大通りに出た。シラ神の神殿が並んでいる。
「え! ここを通るの? やだ!」
 シャロンはレオの袖を引っ張る。
「見つからないルートがあるんです。とにかくこっちへ。出来るだけ普通にしていてください」
 市民に紛れて、道の端をゆっくり歩く。
 神殿の入り口前には、暴動から逃げてきた市民が、助けを求めて押し寄せている。
「中に入れてくれ!」
「助けて!」
 人々は口々に叫ぶが、入り口前には神官兵が剣を抜いて待機し、入り口を守っている。
(神官兵は何をやってるんだ?)
 レオは顔にかかるフードの端を、少し持ち上げて、こっそり盗み見る。
「おい、何で入れてくれないんだ!」
「頼む、助けてくれ! 怪我人がいるんだ!」
 人々の怒号が巻き起こる。
 そんな中、神殿の二階の窓が開いた。テラスに神官が出てくる。
「人々よ、よく聞け」
 明朗な声が響き渡る。
「この神聖なる夏至の日、神々に仇なす不信心者が、町を跋扈している。大変由々しき事態である」
 神官が錫杖を振り上げる。
「我々に弓引く者ども、邪教を信仰する者ども、堕落した者どもを滅ぼし、この国をシラ神の光明であまねく照らすのだ!」
 神官兵が一斉に剣を抜いた。
 途端に神殿前は、処刑場以上の騒ぎになった。
 剣を振りかざす神官兵。悲鳴をあげて逃げ惑い、または地面の石を投げて抵抗する市民。
 レオ達はすぐに、その場から逃げ出した。
「レオ、これはどういうこと?」
 アンナが叫んだ。
「僕に聞かれても困る!」
 走る途中で、屋台から松明を盗む。そのまま、建物の隙間に入った。
 地面に金属の跳ね上げ扉が埋まっている。扉のふちに指を入れる。意図を理解した皆が、一緒になって扉を開ける。土埃が舞い上がり、地下への階段が現れる。
「これは?」
「大昔に作られた地下通路。墓場でもあった」
 松明を持って中に入る。土と埃の臭いがする。足元で何かがササッと動いた。
 レオ達はゆっくり歩き始める。
「昔、古代墓地の伝説について、本で読んだことがあるよ。まさか本当に来ることになるとはね」
 ディーアがあちこちを興味深げに眺める。その背後には、彼女の服の袖をぎゅっと握ったシャロンが、ぴったりとくっついている。
「ここ、他の神官兵と鉢合わせする可能性はないの?」
 アンナは両腕を擦りながら、尋ねた。空気はひんやりと冷たく、夏至の暑い空気に慣れた身には堪える。
「床に足跡もないし、掃除されたあともない。多分ここには、誰も来ていないようだ。だから、神官兵がここに来る可能性は低いだろう」
「この場所を、どうしてレオは知ってるの?」
「調査のために、ここに来たことがあるからだ。崩落が酷く、安全に歩ける場所も少なかった。神殿は、ここは閉鎖したままにすると決定して、それ以降は何もない」
 レオは記憶を頼りに、北へ向かって歩く。
 地下道は静かだ。自分達の足音以外、聞こえない。
「レオ。さっきの神殿のアレ、本当に何も知らないの?」
 アンナの問いかけに、レオは首を横に振る。
「僕は何も聞いていない。ただ──」
 マオが見たと言っていた邪教のお守りの話。あのお守りをどうして神殿が放置していたのか。目を逸らし続けていた、様々な推測が胸の底から浮かび上がる。
 お守りのことを話すと、アンナはため息をついた。
「神殿は完全に、権力に溺れてしまったか」
「……自分達こそが正しいと思ってるだけだよ」
 レオはポツリと呟く。
「神々の言葉も調和も忘れてしまったんだ。あれはもう駄目だ」
 地下道を歩く。自分達五人以外の足音や声が聞こえやしないかと、耳をそばだててる。しかし、幸いにも音は聞こえず、そのまま出口までたどり着いた。
 跳ね上げ戸を上げると、そこはもう王宮のすぐそばだった。
 中でメディが待っている。

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