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第八章-3

 開いてる窓から、中に忍び込む。
 王宮の中は、てんやわんやだ。
「おいお前! 何やってんだ!」
「追加の肉と酒を持っていけ!」
 侍女や従僕がそこら中で怒鳴り散らしている。
 忍び込んだ五人は、その狂騒っぷりを、ぽかんと眺める。
「まだ夏至祭の食事会の準備をしているの? 外はそれどころじゃないのに?」
「王宮に知らせが届いてないんじゃないかな。市民が少々暴れても父上は気にしないし」
「と、とにかく行きましょう」
 ミアは、ポケットからメモを出す。
「メディさんと落ち合う場所は、東の倉庫です」
「じゃあ、こっちだ」
 ディーアはフードを目深に被り、先導する。
 だが王宮の使用人達は、そうすんなりと通してくれない。
「ちょっと、あんた、見ない顔だね」
 固まるディーアとシャロン。咄嗟にレオが前へ出る。
「夏至祭のために臨時で雇われた者です。倉庫へ行く途中でして」
「そう。じゃあこれも持っていって」
 使用人はレオの前にドカドカと燭台と蝋燭、布、絨毯を置くと、どこかへ走り去っていった。五人で手分けして持ち、倉庫へ向かう。
「おい、ディーロ王子、逃げ出したらしいぞ!」
 五人はびくりと肩を震わせた。レオが「前へ!」と小声で叱咤し、ようやく前へ進む。
「処刑場の広場から消えたってさ! それに、何か暴れてるやつもいるらしいぞ!」
 男が一人、得意げな顔で周りに話して回っている。
 使用人達は、その知らせをどこの誰が暴れているのか、王子と王女はどうやって逃げたのか、口々に尋ねている。
 五人は、顔を俯けて、荷物を持って走る。
 廊下を曲がり、階段を下り、東の倉庫へたどり着く。
「メディさん、お待たせしました。いますか?」
 薄暗い部屋の中。天井高くまで箱や服、ガラクタが積まれている。
 その服の後ろから、メディがそっと現れた。
「ご無事で何よりです」
「昼食会は?」
「もう始まりそうです」
 何とか、ローゼの血濡れの昼食会に間に合ったらしい。
「急がないと。会場はどこ?」
「あちらですよ。しかし警備が厳しくなっています。兵士が、おそらくローゼの配下が、会場の庭園周辺にいます。事前の計画では、生垣から侵入する手筈でしたが、あの数では無理ですね」
「じゃあ変装しよう。食事会の招待客に化けるんだ」
 近くの戸棚に行く。質素な庶民の服ばかりだ。
「この服で果たして会場にすんなり入れてもらえるだろうか……」
 アンナが難しい顔をしていると、ディーアは無言で壁際にある大きな衣装箱に向かった。その箱を開ける──のではなく、箱を横へ押し始めた。ズズズ、という音が響く。外に聞こえるのでは、とアンナは顔を引き攣らせる。しかし、すぐに音は止んだ。
 壁には穴が開いていた。人一人分通れるくらいの大きさだ。
 ディーアは蝋燭に火をつけると、燭台を持って穴の中へ入った。アンナ達も後に続く。
 穴の向こうは部屋だった。
「この宮殿が立て直された時、東西かつ南北で対称にするように、と父上が命令したんだ。だけどそんなの、現実的じゃない。部屋数を同じにするだけで精一杯だった。それで、余った部屋はこうして塞がれた。私はそういう部屋をいくつか知っている。ここはその一つだよ」
 蝋燭が壁を照らす。そこには服がかかっていた。白や黒の服だけではなく、黄色や薄緑色など、様々な色がある。女性ものから男性もの、よく分からない服から、外套や冬用のブーツもある。
「ここは?」
「元が何の部屋だったか、私は知らない。多分、お針子か衣装係の部屋だと思う。ここで服を保管してたんじゃないかな。ここ数年は誰もここに来てないのか、埃だらけだけど」
 アンナは壁にかけられたドレスを見てまわる。
「変わったデザインの服が多めね。でもいいんじゃない?」
 橙色のドレスを手に取った。ちょうど良いサイズだし、色合いも好みだ。隣の大きな帽子や髪飾りも良い。
「お着替えします、アンナ様」
 男性陣に隠し部屋から出ていってもらった後、アンナはミアに手伝ってもらいながら、ドレスに着替えた。
 その後でディーアも着替えた。こちらの着替えもミアが手伝った。
 着替えた二人を、レオは上から下までじぃっと見る。
「……まあ、二人とも招待客に見えなくもない……ですね。どちらかというと道化に近い気もしますが」
 二人とも、白または黒のローブを纏っている。刺繍や羽飾りがついていて、少々派手すぎる。アンナの方は黒い大きな帽子を被っていて、髪の毛が見えないようになっている。
「偉い人の服なんか、全部暑苦しいしトンチンカンなものばかりよ。二人も、それっぽい従者の服に着替えて」
 レオとミアの着替えが済むと、誰もいない隙をうかがって、倉庫の外に出た。そして会場まで、廊下の真ん中を堂々と歩く。二人の前には案内役のメディが、後ろには従者役のミアとレオがいる。
 通りかかる王宮の使用人は、チラチラとこちらを見ては、「誰だろう」とひそひそ話すが、とりあえず正体がバレそうな雰囲気はない。難なく庭園前の門に着く。
「あなた方は? 招待状はお持ちですか?」
 衛兵が立ちはだかる。すかさずメディが、体調不良の患者がいるなどと適当な言い訳を並べる。レオとミアは、衛兵とアンナ達の間に立ち、壁となる。
 その間にささっと、そしていささか強引に、アンナとディーアは庭園へ入った。
 会場に所狭しといる、貴人達の視線が一斉にアンナ達に突き刺さる。
 全員、まだ無事のようだ。
 前へ進みながら、王妃と王を探す。
 まず見つけたのは、王妃だ。一番奥で座ってハーブティーを飲んでいる。
「貴女……」
 カップから顔を上げたローゼは一瞬驚いたが、すぐに鉄面皮に戻る。
「衛兵ども、二人を捕まえなさい。死刑囚よ」
 すぐに衛兵がすっ飛んでくる。
 アンナは声を張り上げる。
「大変です! 市民の反乱が発生しました!」
 周りでテーブルを囲い、肉を食べる貴族が嘲笑する。
「突然何を言ってるんだ? 気でも狂ったか」
「魔物使いらしいからな。乗っ取られたんだろうよ」
 衛兵が二人を捕らえた、その時。
 真っ青な顔の門番が飛び込んできた。
「大変です! 武器を持った民衆が城へ向かっています!」
 一瞬、庭園がしんと静まり返った。
 そして、にわかに大騒ぎになった。

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