第八章-5
地図の上に、兵士を示す駒が次々に置かれていく。市民を表す三角錐の駒と、神官兵を表す直方体の駒。王宮の周りでは市民と神官兵が入り乱れている。兵士からの知らせで、駒の数は増えていく。神殿の周りは神官兵の、西地区は市民の駒が多い。
「マイトはどこに?」
「私の使用人が知っています。すぐに向かいます」
アンナは受けあった。レオとミアから聞いた話では、マイトは元からアンナを助けるつもりだったらしい。話し合いに応じてくれる可能性は十分にある。
(まあ、レオとミアが抜け出したことでブチギレてる可能性もあるけども。その時はその時だ。とにかく会わないと)
この状況が長引くとまずいのは、マイトも同じはずである。神殿の戦力は、よく訓練された大勢の神官兵。大して、マイトの戦力は腕っ節が強いだけの市民達だ。
「問題は、王がどこにいらっしゃるかですね。もし神殿でしたら、とても面倒臭いことになります」
王が神殿にいる場合、ローゼとマイトは、ただの裏切り者でしかない。王をこちらの陣営へ引っ張ってきて、ようやくエレア王国として、堂々と神殿に戦争をすることができる。
部屋のドアが開き、兵士が入ってきた。ローゼに耳打ちし、去っていく。
「ちょうど良かった。部下が、王の居場所を突き止めたわ」
ローゼは冠の飾りがついた駒を、地図に置いた。そこは、王宮からみて北東にある神殿だ。白ムギ神殿と名前がある。
「ここにいるんですか?」
「そうね。守りが厳重で、神殿の中のどこにいるかまでは分からなかったようだけど。マイトと手を組み次第、すぐに神殿を叩かねばならないね」
アンナは、ちらりとディーアを見た。彼女はなんとか感情を表に出すまいと、無の表情を作ろうとしている。しかし、内心の不安や不満がバレバレだ。
ローゼは代書人を呼ぶと、羊皮紙に言葉を書かせた。内容は、マイトに王宮への協力を要請するものだ。
羊皮紙を封筒に入れ、蝋で封をする。それが、アンナに手渡される。
「アンナさん。マイトへの伝令、よろしくお願いしますね」
「はい」
アンナ達はすぐに準備に取り掛かる。本日三回目の変装だ。市民の格好をし、ローゼが急いで書いた密書を懐に忍ばせる。混乱の隙に逃げてきたミア達とも合流する。
「ミア、マイト様の拠点の場所、覚えてる?」
「はい、覚えてます!」
「案内をお願い。レオは殿下の護衛を頼むわ」
市民の女性になったアンナは、案内役のミアと、ローゼが派遣した護衛を連れて、王宮の西の裏口から出て行った。
ディーアは、レオと共に、彼女達を見送った。
その後踵を返し、早足で廊下を歩く。レオが後を追いかける。
騒がしい廊下を歩くこと、しばらく。ディーアは、隠し部屋がある倉庫に戻ってきた。そこで、元の簡素な服に戻る。そして、最初にアンナ達と忍び込んだ、あの窓の前までやってきた。
「殿下。どうしてここに?」
レオは戸惑いを隠せない。
「レオさんは、白ムギ神殿って知ってる?」
「ああ。行ったことがある」
「そこに父上がいるらしい。すぐに行かないと」
ディーアは窓枠を超え、王宮を出る。元来た地下道へ踏み込む。
「何故だ? 今、外に出るのが危険なことぐらい、分かってるだろう」
「分かってる。でも、このままだと駄目だ」
きっぱりと言い切った声が、地下道に反響する。
「母上とマイト兄さんは、神殿を倒すために、一時的に協力するだろう。しかし、神殿を倒したその後は、どちらが国の指導者になるかで、また争いが起きる。絶対に、起きる。それを止めたいんだよ。また目の前で人が死ぬのは、もう嫌なんだ」
「……だから、誰よりも早く陛下を見つけようと?」
「うん。母上もマイトも、父上を殺すつもりだ。死なれては困る」
一心不乱に前へ歩くディーア。
「アンナは、このことをご存知なのか?」
「話してないよ。気づいているかもしれないけど……アンナ、無事に兄さんのところへ行けるといいんだけど……」
前方に分かれ道が見えてきた。レオは立ち止まる。
「白ムギ神殿でしたら、この左の道だ」
「え、あ、そうなの? ありがとう」
地下道に、二人分の足音が響く。