第八章-6
荒れ果てた通りを、アンナとミアは、護衛の兵士達と共に駆け抜ける。
かつての賑やかな町の面影はもうどこにもない。壊れた屋台、地面の片隅で怪我をしている人、崩れた家の壁。どこからか、焦げた臭いがする。火事が起きているのかもしれない。
前を走るミアに、迷う様子はない。どんどん西区へ向かう。崩れた壁や、市民が築いた壁で道が通れなくなっていたら、「こっちです!」と迂回路を案内する。
突然、建物の影から、二人の神官兵が飛び出す。王宮の兵士が剣を抜く。
その時、パン、という乾いた音が鳴った。
全員、その場に立ち止まる。
その音は、全く知らない音だった。落雷の音でも、物が崩れる音でもない。
神官兵が崩れ落ちる。地面に、じわじわと赤い染みが広がっていく。
──今の音は何だ?
音の衝撃から我にかえり、全員が音の出どころを探す。
屋根の上に、市民がいる。三人だ。両手に、長い棒……のような物を持っている。
(彼は何という名の武器を輸入した?)
アンナは、以前マイトが話していたことを思いだす。
答えを導く前に、アンナの身体は動いた。
「逃げて! こっち!」
近くのドアを開け、中に飛びこむ。周りの従者達も、訳が分からないまま、彼女に従う。全員が部屋に入ったことを確認し、ドアを閉める。
「な、何ですか、あれは?」
「銃だ。目に見えないほどの速さで、鉛の球を打ち出す武器。当たったら死ぬ」
室内は薄暗い。床に、割れた壺の破片が飛び散っている。机の上には、飲みかけのスープが放置されている。奥には小さな窓がある。
「銃は一度撃ったら、次を撃つのに時間がかかる。今のうちに出よう」
窓を飛び越え、目の前にある次の家へ入る。背後で再び音が鳴り、地面の土が弾けた。
次の家の中も誰もいない。だが、外で足音と声がする。いつ押し入ってきてもおかしくない。
「どちらに行けば?」
「あっちです!」
彼女が指差した方からは、人の声と足音、そして、思わずびくりと肩を震わせてしまう、銃の音がする。
「アンナ様、向こうからも人の気配がします」
緊迫した兵士の声が、アンナを焦らせる。
「ミア、家の中を通ってマイトの所まで行ける?」
「ええと、はい。こっちです!」
西区は家が密集している。そのため、家から家へ移動しやすい。ミアの案内に従い、家から家へ動く。家の中に敵──神官兵、市民、火事場泥棒──がいたら、王家の兵士が始末する。一つ、二つ、三つと、死体が増えていく。
「ここを抜ければ、マイト様の家の隣です!」
そう言ってミアがドアを開けた先は、瓦礫の山だ。周りに銃を携えた市民がいる。
銃口が向く。慌てて影に隠れようとした、その時、ミアが前に飛び出す。
「リーラさん!」
一人の女が、ピクリと眉を動かした。銃口はミアを狙ったままだが、弾丸は飛んでこない。
「お前、今更何しに来た」
「アンナ様をお連れしたんです! マイト様とお話しするために!」
アンナは前に出た。
「貴方がアンナ?」
「はい。お初にお目にかかります」
こういう時、アンナは何を言えば良いかどうか、分からない。案外、故郷は平和だったのだと、思い知る。
「マイト様にお会いしに来ました。話し合いがしたいです」
リーラ達は銃を下ろした。待て、と言われ、誰かが少し離れた場所にある、ボロボロの家に入っていく。
夏至の太陽にジリジリと焼かれながら、アンナ達は瓦礫の前に立っていた。
家から男が出てくる。
「やあ、お久しぶりですね、アンナさん」
マイトは、以前と変わらない、柔和な笑顔をアンナに向けた。