エピローグ-1
内戦終結から三ヶ月後。
今日は新国王の即位式である。
ディーアの父は、戦争の後処理を行なった後、すぐに退位を決めた。
次の王は第一王子である。彼は影の薄い人だ。内戦中も王宮の隅に隠れていて、ほとんど存在感が無かった。
だがそれでも、新国王の即位式には、大勢の人が詰めかけている。
まずは、王族の面々。玉座の近くにある王族専用の席に腰掛けている。白と黒の服以外も着て良いことになったから、各々派手な服を着ている。赤に黄色に橙色、とても華やかだ。
当然、アンナとディーアも、この場にふさわしい正装をしている。アンナは橙色の長いドレス。ディーアは赤いダブレット。
王族の他には、今回の内戦で王宮を守った貴族達だ。彼らも各々の力を誇示しようと、様々な色や柄の服を着ている。
大神官も来ている。この神官は、アルケ神殿から派遣された者だ。
今までエレアにいた神官は、総本山の神官兵部隊に捕らえられた。経典の教えを破るという神々に対する罪により、多くの神官が処刑または追放された。なお、神官兵は、総本山に服従すると誓った者のみ罪を許された。
私利私欲に目が眩んだ邪教徒は滅んだ。今度こそ、神々の名の下に、真の調和がもたらされるだろう。
それから──ある意味では、新国王以上に注目を集めているのが、市民議会の代表者達だ。
市民議会は、内戦終了後に新設された組織だ。市民の代表者の集まりであり、民衆の意見を貴族や王家に届ける機関である。
上流階級の人間は、この設立を煙たがっていた。しかし、
「父上。一緒になって神殿を倒したんですから、とりあえず功績を讃えましょうよ。そうじゃないと、また揉めますよ。落ち着いて経典の勉強をしたいでしょう? ね?」
ディーアが説得し、父親に市民議会を認めさせた。先王が認めたら周りも認めざるを得ない。市民議会は無事設立された。
市民議会の代表者らの中には、マイトもいる。彼は、王族から完全に離脱することとなった。今は市民として、この謁見の間に来ている。
マイトが理想とする民主政は実現できなかったが、それでも大きな進歩だ。マイトと彼の同志は、今後の政治をどうするか、活発に議論を交わしている。
鐘が鳴った。騒がしかった広間が、静まり返る。
入り口から、新国王が入場する。多くの人々が見守る中、豪奢な紫色のガウンをまとった新国王は、緊張した面持ちで、玉座へ向かって歩いてくる。
彼の後ろから、もう一人、入ってくる者がいる。
ローゼだ。
先代の王は退位する際に、ローゼを新国王の補佐官に指名した。一部の人間からは反対意見が出たものの、内戦前からローゼは王に変わって王宮を動かしてきたので、一定の支持は得ていた。そのため大きな揉め事は起きず、無事補佐官になった。
市民議会や自分に反発する貴族という面倒臭い存在があるが、ローゼは『夫を排除し自分が国の頂点に立つ』という目的を達成できた。
金と赤の豪奢なドレスを着たローゼは、新国王の後ろを、静かについていく。その姿は威厳に満ち満ちており、臣下の忠誠を自然と集める。
新国王が、玉座の前に立つ。先代の王が冠を彼の頭に載せ、王笏を渡す。
新国王が玉座に座った瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。
(ここまで本当に長かった)
手を叩きながら、アンナは今までのことを思い返す。
この国に来て一年も経っていないのに、十年以上いた様な気がする。
新国王が謁見の間を出ていく。これからパレードだ。
(……ローゼも、マイトも、それなりに満足できる結果になった。神官は別の人に代わったし。これで安定するだろう。というか、してほしい。妥協と折り合いをつけて、それぞれで何とかして。もう面倒ごとは勘弁だ)
新国王の背中を見ながら、アンナはこの先の未来が明るいものであるよう、切に願った。