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エピローグ-2

 謁見の間での儀式の後は、パーティだ。王宮の庭園で、食べて飲んでお喋りをする。アンナとディーアも、王族として対応しなければならない。
「あ、ここにいたのね!」
 笑顔を振りまいていると、シャロンが走ってきた。赤いドレスがよく似合っている。
「シャロン様。お久しぶりです。この前の本はいかがです?」
「面白かったわ。またおすすめの本を用意してね!今度、読みに行くからね!」
「かしこまりました。お気をつけてお越しください」
「絶対に行くわ。先に借りられないよう、横に退けておいてね!」
 シャロンはまたどこかへ走り去っていった。
 その後も二人は応対を続けた。
 パーティから解放された時には、もう夕方だった。秋になり、空気もかなりひんやりしている。もうひと月もすれば、雪がちらつきはじめるだろう。
「お疲れ様です」
 庭園から出てきた二人の前に、ヨールが現れる。
 ヨールとレースは、戦後すぐに帰ってきた。再会を喜んだ後、以前と変わらず働いてくれている。
 一方、マオは帰ってこなかった。彼女はティルクス王国の裁判にかけられ、永久追放の刑が下された。今は、王国西の国境にいるらしい。それを聞いたレオは、屋敷を去った。「手紙を出してね」とアンナは言ったが、今の所は何も届いていない。
「ヨール。屋敷に帰る前に、図書館に寄ってくれる? シャロンの本を取っておきたいから」
 ヨールが運転する馬車で、王宮を出る。町は、即位を祝うお祭りでまだまだ賑わっている。
 どこもかしこも人、人、人。この国の全ての人が集まっているのではないかと思うほど、人が多い。道の両脇には屋台が並んでいる。串焼き、スープ、パン、干物、服に装飾品に皿に壺、あらゆる店が集結している。
 人気なのはやはり串焼きだ。屋台の前に長蛇の列が出来ている。馬車の中にまで、その香りが漂ってきて、アンナのお腹が不満の声をあげる。
(ドレスを着てなかったら買うんだけどな)
 腹の虫を慰めながら、アンナは町の光景を眺める。
 逞しい市民の努力によって、壊れた家や道はあっという間に修復された。
 町を監視する神官兵はいない。人々は好きな色の服を着て歩くことができる。混乱と戦乱の傷は消えつつある。
 やがて、馬車は大通りから一本横にそれた所にある、古びた建物の前に停まった。
 無骨で飾り気のない、煉瓦造りの箱。両開きの扉の上には、
『エシュー王立図書館』
 という看板がかかっている。
 市民議会からの要請により、この国に図書館が復活したのだ。
 図書館長は、ディーアとアンナ。マイトの推薦だ。ローゼや神殿からの異論は出ず、あっさりと決まった。
 いつもはもっと人の通りがあるが、今日は休館日。図書館の周りはひっそりしている。
 玄関脇の勝手口から中に入る。
「あれ、アンナ様?」
 入ってすぐの休憩室。そこに目をぱちくりとさせるミアがいた。隣にはレースもいる。
「二人ともどうしてここに?」
「レースさんと一緒にパレードを見てたんですけどね。疲れちゃって、ここで休むことにしたんです」
 二人の前のテーブルには、外の屋台で買った食べ物が置いてある。果物や水、ワイン、そして串が入った小さな樽。
 串に向ける視線に、レースが気づく。
「ご夕食はまだですか?」
「ええ。中々食べる暇がなくて」
「あ、じゃあ、外の屋台で買ってきましょうか?」
「お願い。ディー……殿下の分もお願いね」
「はい!」
 元気よく返事し、勝手口から出ていくミア。その後ろを、レースがついていった。
「……せっかく来たことだし、私は先生に挨拶してくるよ」
 ディーアは休憩室の奥にある、庭へ続くドアを開けた。
 西日が差し込む、小さな庭。その中央に、一基の石碑がある。
 先代国王と神官達によって処刑された作家や学者の慰霊碑だ。
 ディーアは、図書館に来た時は必ず慰霊碑の前へ行く。しばらくの間は、そこでじっとしている。彼女が何を思っているのか、語りかけているのか祈っているのか、それはアンナには分からない。
 アンナは、図書室へ続くドアを開けた。
 ひやりとした空気が流れてくる。
 天井まで届く高い書架がずらりと並んでいる。書架には本がこれでもかと、あふれんばかりに詰め込まれている。書架と書架の間は、人ひとりがやっと通れるくらいの狭さだ。
 アンナはドレスの裾を持ち上げ、本に引っ掛けないよう注意しながら、ゆっくり歩いた。そして、ある書架の前で立ち止まる。
 シャロンが好んで読む、童話の本が並んでいる。彼女はいつも、特別閲覧室で本を読む。万が一にも借りられないよう、今のうちに移動させておく。
 本を持って、二階へ行く。二階は数部屋の個室があり、それぞれが特別閲覧室だ。大きな机と椅子、決められた期間中は使用できる、壁一面の鍵付き本棚。そのうちの一部屋に入って本を置く。
 さて、帰ろうと部屋を出て──そうだ、と思い直すと、二階の一番奥の閲覧室へ歩いていった。
 一番奥の二部屋は、それぞれアンナとディーア専用の閲覧室だ。
 ただいまは屋敷の改装で、それが終わるまでは運び込むわけにいかない。仕方ないので、館長権限でこの部屋を貸し切っている。
 アンナは自分の部屋に入った。
 左右の本棚は一分の隙間もない。床のあちこちに樽がある。中には本棚に入り切らなかった本が平積みされている。
 本棚の書物は、分類がされていない。古代の物語の隣に現代の占い本があり、分厚い本もあれば数ページしかない冊子、製本前の紙束に巻物もある。この本棚を見たディーアは「整理しなよ!」と悲鳴をあげていたが、今の所、その気はない。
 古代の物語や、本市場でこの前買ってきた冊子、経典の新しい解釈本。全部、同じ棚に並べて置いてある。
(えーと、あの資料はどこにあったっけ。あ、これだ)
 創作の資料本を手に取ろうとするアンナ。
 ふと、その手が止まる。
(──良いなあ、本って)
 数歩後ろに下がり、改めて本棚を見る。
 真っ向から食い違う主張だろうが、理解し難い奇天烈な内容だろうが、いつの時代に書かれたものだろうが、書物は仲良く並び、本棚の中に収まっている。
(これが、調和なんだろうな。どんな言葉も考えも、時間も空間も超えて並ぶ本棚。理想の調和)
 実際はこうはいかない。人の心にある本棚は、とてもとても小さい。そして人は喋るし動くし火を付ける。簡単なことではない。
(でもまあ、こんな感じでいられたら良いよね)
 外からミアの声がする。屋台から帰ってきたようだ。
 アンナは見つけた本を抜き出すと、閲覧室を出た。

(完)

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