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その日の昼も、リエはシグレに弓矢の使い方を教わった。だが、リエは無力感を感じていた。
(悪霊はさておき、化け物が来たら、すぐに身体が動かなくなる。これじゃあ、いざというときに矢を放てない)
リエはシグレに相談してみる。
「そうだなあ。石化はどうしようも無いからなあ。じゃあ罠を作るとか?」
「罠?」
「動物を捕らえるための罠だ。きっと役にたつよ」
シグレは枝を組み合わせ、地面に置いた。少し離れた場所から、棒で罠をつつく。下の板を叩くと、隠れていた二本の棒がバチンと跳ね上がり、棒を捕らえるのだ。
様々な種類の罠を、シグレは自作して見せる。
「貴方は狩人なんですか?」
リエは尋ねた。
「狩人だったんだ」
「だった?」
「昔、猪を狩っていた時だった。当たりどころが悪くて、猪が暴れたんだ。私の方へ突進してきて、私は命からがら逃げた。で、それ以来、動物に向けて弓矢を引けなくてね。だから狩人はやめたんだ」
シグレは一気にそこまで語ると、薄く笑った。リエはなんと言えばいいか分からず、黙って罠を作った。いいものができたが、ソラが移動するときに引っかかるといけないので、罠はまだ仕掛けないことにした。
夜が来た。三人は交代で起きながら、窓から外を見張る。
昨日と同じように、悪霊は来た。しかし、今度は突進せず、結界の周りを、昨日の化け物のようにぐるぐると回る。ソラが襲いかかると、悪霊はあっという間に逃げた。
その後、常闇の化け物がやってきた。化け物は罠を踏んだが、もろともせずに、結界を破壊しようとする。リエは石化し、ひたすら、朝が早く来るよう願った。空が白みはじめると、化け物は茂みの奥へ姿を消した。
だが、それ以降、悪霊は姿を表さなかった。
次の日も、その次の日も、出てくるのは化け物だけ。
「完全にこちらが出てくるのを待ってるな」
森に来て四日目の朝。ソラが言った。
「ど、どうするんです」
シグレはおろおろしている。
「ずっとここにいても仕方がない」
「でも、外は危険ですよ!」
「ああ。罠に飛びこむようなものだ」
ソラはリエを見る。
「どうする?」
リエは少し悩んだ後、答えた。
「怖いけど、行かなくちゃ」
それを聞いたヒナリは、遠くを指さした。
「あっちの方向に行くといいよ。水があるから。イチョウが教えてくれた」
「なるほど。じゃあそっちへ行こう」
リエとヒナリは荷物を背中に背負う。それを見ていたシグレが、おずおずと話しかけてきた。
「その、私もついていっていいかい? あの、怖いんだ。ここで一人で残ってたら、死んでしまう」
「俺達について来ても、悪霊はやって来るぞ」
「でも、こんな時に一人は嫌だよ。連れていってくれよ」
シグレは家へ戻ると、すぐに弓矢と数日分の食料を持ってきた。
三人を乗せ、ソラは獣道に飛びこんだ。
昨日と代わりばえしない、緑であふれた景色。太陽もろくに見えない中では、山へ向かっているのか、それとも反対側へ走っているのか、リエには全然分からない。
時折、鼻先を、あの腐った臭いがかすめる。
(あ、悪霊?)
リエはキョロキョロと左右を見る。すると、昨日は気づかなかったが、幹が大きくえぐれた木を見つけた。
ソラの怪我と同じ形の傷だ。傷ついた木は傾き、葉が枯れている。真緑の森の中、ぽつぽつと、そうした木がある。悪霊が木を傷つけたに違いない。言葉にできない不安が、リエの胸の奥からじわじわと這いあがってくる。
緑の中を走り続けるうちに、濃い水の臭いが漂いはじめた。それから程なくして、目の前がひらけた。
そこには、小さな泉があった。水がこんこんと湧き出て、溢れた水が小川となって流れだしている。泉のそばには、ヒナリがイチョウと呼んだ、一本の黄色い葉の木が、どーんと根をおろし、枝を広げている。
「お腹がすいちゃった。一旦何か食べない?」
ヒナリの言う通りだった。みんな、お腹がペコペコだ。
「そうだな。少し休もう」
三人は背中から下りた。川の水を飲み、干した木の実や肉を食べる。ソラも、もそもそと木の実を食べた。
喉が潤い、腹がふくれると、一行は出発した。再び森の中に入る。倒木を飛び越え、イバラだらけの窪地を慎重に通り過ぎる。
薄暗くなってきた頃、再び開けた場所に出た。小川だ。左右を小高い崖に挟まれている。崖の上には、木が生え、鬱蒼と生い茂っている。
リエ達は、野営の準備を始めた。枝を集めて焚き火を作り、寝やすいよう地面から石をどけ、結界をはる。
夜になった。焚き火の前に固まって座り、夕食をとる。他に光はない。少し先は真っ暗だ。寝る時間になっても、リエは怖くてちっとも眠れない。
(昨日までは、家の中にいて、壁も屋根もあった。けど、今はなんにもない。そりゃあ、ヒナリが作ってくれた結界はあるけど)
パチパチと音をたてる焚き火を、リエは見つめる。火が小さくなるたび、集めた枝や枯葉を入れる。それを繰り返す。
「変だ」
ソラが言った。
「悪霊と化け物の臭いがする」
「それは、いつもの事じゃないの?」
「いや、今までは別々に襲撃していた。だが今は二つが混じった臭いがする」
ソラはしきりに空気の臭いを嗅ぐ。三人は警戒し、辺りを見回す。
だが、森はとても静かだ。獣の足音ひとつ聞こえない。
リエは水筒に口をつけた。しかし中身は空だった。リエは水筒を手に立ちあがり、焚き火から離れ、水際にしゃがむ。
水面が、不自然に揺れた。