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5-3

「確かにここは、本物の里ではないよ」
 バア様はあっさりと認めた。え、とリエは呆気にとられる。
「でも、見えているものは本物だ。本当に里で起こっていることなんだよ」
「そ、そんなの嘘だよ」
「嘘ではないよ。みんな、苦しんでいる。火守の里に着いたところで、リエは生きのびても、私達はもう助からない。助かるのは、リエ、貴女だけだ」
「そ、そんなことない!」
「リエは自分一人だけ助かろうとしてるんだ。そんなことして恥ずかしくないのかい? 私達を見捨てないでおくれ。バア様のお願いだよ」
 リエの背すじを冷たい汗が伝う。
(もし、本当に間にあわなかったら? こうしている間に、里の人達が本当に石化してたら……私が常闇に戻った方が良いんじゃ……でも……)
 家の外から、足音が聞こえてくる。
「里の人達が迎えにきたようだね」
 戸から、ぞろぞろと白装束の大人が入ってくる。
「まだ動ける、数少ない里の人だよ。ほら、行きなさい」
 里の人達は、無表情でリエを見つめている。
「ま、待ってよ。もうちょっと考えさせて」
「行きなさい!」
 リエは思わず後ずさる。後ろにいた大人が、リエの腕を掴む。
「さあ、行きますよ」
 大人に連れられ、リエは家を出た。門を出て、お宮へ続く道を歩かされる。
(どうしよう、どうしよう)
 人々が石化してしまう恐怖、常闇への恐怖。二つの恐怖が、リエの心を蝕む。
(どうしたらいい? 逃げるべきなの? それとも、常闇に行かないといけないの?)
 バア様の顔とオボロの顔が、リエの脳裏にちらつく。呼吸が段々荒くなる。
 少しずつ、お宮が近づいてくる。門の形も両開きの戸も、よく見える。
(……)
 リエはピタリと足を止めた。
「あの」
 両脇に立つ大人が、首を回し、リエを見る。
「荷物が重くて。ちょっと地面に降ろしてもいいですか?」
 大人達は渋々といった顔で、リエの腕から手を話す。
 その瞬間、リエは逃げだした。来た道を全速力で走り、バア様が寝ている家を通り過ぎ、森へ入る。奥までいくと、大木の影に隠れ、大人達の様子を伺う。
(よし、大人はまだ来てない)
 深呼吸し、息を整える。しかし、手足の震えは止まらない。
(どうやって、この幻を抜けだせばいい?)
 リエは背負っていた袋をあさる。食べ物や薬草の入った瓶、弓矢、それらをどけると、奥底から枯れ葉が出てくる。化け狸にもらった、あの枯れ葉だ。
 素晴らしい考えが浮かんだ。リエは枯れ葉を両手に持ち、ひたすら「鳥になれ」と念じた。瞬く間に身体が大きな鳥になる。
 リエは、ふわりと枝から飛びたった。出口を探して、ひたすら飛ぶ。
 しかし、遠くに行く前に、変身が解けてしまった。空から地上に落下してしまう。怪我はないたが、全身がズキズキ痛む。
(鳥作戦は駄目だ。じゃあ、ソラみたいな狼になるのはどうだろう)
 二枚目の枯れ葉を両手で持ち、ソラの姿を思い描く。すると、たくましい狼の姿になった。リエは思いきり地面を走りだす。
 しかし、これも途中で変身が解けた。森から出る前に人間に戻ってしまう。短い間しか変身できないのだ。
 ギリギリと歯を食いしばる。何かないかと、辺りを見回す。だがリエの周りには木しかない。大きな木しか。
「そうだ!」
 リエは叫ぶと、最後の枯れ葉を両手で持つ。
 身体が大きくなった自分を想像する。森の木を軽々と超える。クジラよりもずっと大きい自分を。頭が雲を突きぬけるまで、大きくなるのだ。
 望み通り、背がぐんぐん伸び始めた。あっという間に木よりも背が高くなる。空はどんどん近くなり、頭が雲に入る。また目の前が真っ白だ。
 だがそれも短い間だった。頭が雲を突き抜ける。眩い青空と、暖かい太陽の光に出むかえられ、リエは目をすがめた。
 足元を見る。豆のように小さい森が見える。森の外にも、里のようなものがあるが、小さすぎてよく見えない。その周りは白い霧が渦巻いている。霧はどこまでも続き、大きくなったリエにも先が見えない。どこまでも続いているようだ。
(この霧の先だ)
 リエは足を上げる。大きな一歩を踏みだす。
 ドオン、と地響きが響いた。
「うわあ!」
 足元から小さな悲鳴が聞こえた。
 幻の里は消え、リエは岩が荒野に立っていた。足元に、楊枝のように細い木と、小指の爪のサイズのソラとヒナリがいる。
 リエはもっとよく見ようと、しゃがんだ。その勢いで風が起き、ねじれた木の枝がたわむ。
 ソラとヒナリは口をあんぐりと開けてリエを見あげている。その後ろに、誰かが倒れている。
「どうしたんだ、リエ。その身体は」
「ほら、あの狸の人がくれた──」
 ポン、と音が鳴り、次の瞬間、リエは元の背丈に戻っていた。
「葉っぱだよ。あれで大きくなったの。森をまたいでしまえば、幻から抜けだせるかなって思って」
 説明しながら、倒れている男の元へ向かう。
「あの、大丈夫ですか?」
 男が起きあがる。
「まさか、変化の術を使える人間がいるとは」
 男はむすっとした顔で呟く。ヒナリはクスクスと笑った。
「その人はね、私達に幻を見せてた人よ。さっきリエが歩いた時、地面が揺れてね、木から落っこちたの。あの葉っぱに、ここまでの力があったなんて。ねえねえ、門番さん。今度から試練の内容を変えた方がいいんじゃない?」
「幻を見せてた人? じゃあ、あの幻は本当なんですか?」
 リエは彼に詰めよる。
「いや、ただの幻だ。お前の故郷がどうなってるのか、私は知らん」
 リエは少しほっとした。しかし、まだ気は抜けない。もしかすると、本当に幻の通りになっているかもしれない。
「まあ、どんな方法であれ、試練を突破した。火守の里はあなた方を歓迎する。案内しよう。こっちだ」
 男は頭にできたたんこぶをさすりながら歩きだした。

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